それは、重い言葉

出立前の事で何か言わねばと腹を括って城へ戻ったがみつが見当たらない。
ふよふよと何時もの輿で移動する吉継を呼び止め問えば、
「おみつ一人で雑賀に?」
「然様よ」
「ああ…心配だ」
その言うべき相手は紀伊国が雑賀の元へ発ったという。

「壱矢よ…みつを心配するフリを止めよ」
吉継はやれやれといった風に首を振り俺に言った。
「…何?意味の分からない事を言うのは止せ、吉継」
「意味の分からない?そのままの意味よ、ソノママの。ぬしはちいともみつの心配などしていない、みつの事など見た事は有るまいて」
一言一言言い含めるように語る吉継。
常の人を喰ったような態度ではない、奴の真の心内であった。
「ぬしとの付き合いは長い。ぬしの事情も知っておる」
「止めろ」
「ぬしがみつに見ておるのは、」
「止めろ吉継!」
「…ぬしの、」
その先は聞きたくない!
「止めてくれないか!…そんな事、俺が一番分かっている」
思いの外それは小さく頼りなさげに響いた。
「未だ忘れ得ぬか…」
吉継の憐れむような声が耳に入る。
「忘れられるものか」
むしろ最近は突き付けられている気がする。忘れるな、と。
「…それもそうよナァ。…死が呪縛となったか」
「…そう、かもな」
笑顔を作ろうとしたが、それはきっと歪んで見られた物では無かったろう。
それを見た吉継は困ったように目を伏せた。
「我はみつが大層可愛い…余り苦しめてやるな。それに……ぬしとてみつを想うてはおるのだからナ、思い詰めるでない」
はは、この男でもこのような声が出せるのだな。それは兎角、労しげであった。
奴なりの優しい忠告に
「そんな事、俺が一番……分かって、いる」
少しだけ涙が零れそうになった。
顔を伏せ、唇を噛む。
自分でも何に対してかは分からなかったが、大丈夫だと己に言い聞かせた。
「……おみつがおらんでは仕方ない。俺は鍛錬でもするかなあ!」
俺は何時もの壱矢の様に明るく笑ってみせ、吉継の前から立ち去る。
「みつも難儀な男に惚れたものよ…」
背の方で聞こえた吉継の呟きは聞こえていない事にした。

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