「病」

「ねえ半兵衛!」
鼻に掛かった甘い声に名を呼ばれ僕は振り返った。
「やあ、真姫君。何か用かい?」
そこには想像通りの姿があった。相も変わらずの気の狂ったような姿だ。
困った事に彼女はよく僕の元へ足を運んだ。
そのせいで仕事が捗らず苛々しているというのに…彼女は気付いていないんだろうね。
「あのね、真姫どうしても半兵衛の力になりたくってぇ」
そう伏し目がちに言う彼女。
石田君が散々、男を侍らせたいだけであると言っていたのを思い出す。
「うん」
どうも彼女の声を聞いていると頭がぼんやりしてくる…。
何だかまるで…。
「だから、真姫の力で病気を治してあげる」
ぞくり、と背を悪寒が走る。
「病気?僕が?何かの間違いじゃないかい?」
何故それを知っている。知られている。
途端にふわふわとした不安定な心持ちが消え、頭が冷えた。
「遠慮なんてしなくていいんだよ?真姫はぜぇーんぶ、知ってるから
血の気が引く、厭わしさと忌まわしさに吐き気すらする。
「遠慮なんかじゃないよ。…出て行ってくれないか、今すぐ!」
突き放せば、信じられないと言わんばかりの顔。
兎に角厭わしく、僕は早々に彼女を追い出した。
まだ何か言おうとしていたが、慌ててやって来た石田君が彼女を引き摺って行った。

ヒュー…ゲホッ、ゴホッ
ああ、この咳が煩わしい。

気持ち悪い。
早く叩き潰したい。

いっそ今ここで首を斬り落としたら…?

否、駄目だ、機ではない。
今戦の準備を進めているではないか。
これも秀吉の磐石な天下の為に
あともうすこし、
まてば、

コホッ、ケホッ…ヶホッ……
咳は次第に小さくなり、ぜい、と嫌な音の呼吸が漏れるだけだ。

足音が部屋へ近付く。もしやまた来たのか?そう思ったが
「竹中様。甲斐の虎より文で御座います」
それは文を持ってきた家臣のものだった。
「武田信玄から?」
手の平に付いた血を何食わぬ顔で拭い、文を受け取る。
さて、宣戦布告でもしてきたか…?
それは有り得ないと思いつつも、思い当たる事柄は特に無く。
文には僕が予想もしなかった言葉があった。
「武田信玄が石田君に頼み…?」
誘き寄せて謀殺、なんて有るかも知れないけれども…こう言っては何だが石田君は一武将に過ぎないし、それは無いと考えても良いだろう。
信玄は一体何を考えている。
だが、
「…フフ、まあ恩を売っておくのも悪くないかな」
そう思い、承諾の旨を認める為に筆を取る。
それにもし謀り事だとしても、石田君なら何とかするだろう、多分、きっと。

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