それは、否定の出来ぬ

ざあと雨が降り頻る。黒雲から落ちる幾千幾万の雨粒が世界を侵す。
ああ、恐ろしい。
「おみつよ、」
無くすのが恐ろしい。
「俺は出るが、」
亡くすのが、おそろしい。雨が俺の を攫って逝く。
「よいな、」
俺が居ない間にまた失ったら?
「何かあれば」
「分かっている!…刑部を頼れ、だろ」
俺の言葉を遮りみつが言ったのは、俺が何度と無く説いてきた事だ。
「ああ。…分かっておるなら、いい」
身支度を整える俺の背をみつがじっと睨み付けているのを感じる。
まあ、この間の事で何か言いたい事が有るのだろうが。
俺とみつはあの日から会話もぎこちなく、何処かすれ違っていた。
俺は何故あんな事を…。
「何だおみつ。その様に見られては穴が開く」
声を掛ければ
「私は、…私は、」
言葉を言い淀むみつ。
冷たく突き放すなり、それか詰ればいい。一体何を言い淀んでいる?
それをらしくないな、とぼんやり思った。
「私は貴様の何なのだ」
言っている意味が分からず、振り返りみつの顔を見る。
その表情は悲愴と苦悩の色があった。
「?お前は俺の奥だろう?」
何を当たり前の事をと返せば
「本当にそうと言えるかっ!?」
みつは眦を上げて噛み付いてくる。
「何を言っている」
「私は本当に貴様の妻か!?」
質問の…否、詰問の意味が分からず俺は無言で返す。
「何時もそうだ!貴様はまるで私を」
「おみつ、」
「幼子のように、」
「おみつ!」
「妹のように扱う!」
いもうと。それは。
頭の芯が白くなって何も考えられない。
「貴様は何を見ている!「誰」を見ている!」
何か言わなければ。
そんな事は無いと言えば良い?そんなつもりは無かったとでも言えば良い?
俺は、
「私は貴様の妹では無いっ!!」
何も返すことは出来なかった。
怒鳴り散らしたみつはそのまま座敷を後にした。
雨の音が遠くに聞こえる、耳の奥で血潮の音が騒がしい。
「…分かっているっ!そんな事はっ…分かって……!!」
俺の呻きは座敷に虚しく消えた。
俺とみつ。
すれ違っていたのは、始めからではないか。

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