「軍師二人」

無用心にも敵地で寝入るなど…はあ…。
己の主の行動に振り回される事は多いが、それにしてもここ最近でどれだけの溜め息を吐いただろか。
俺と猿飛が不寝番をしているが、そもそもあいつだとて油断ならねえと言うのに…。
…どれだけ此処に留まる積もりだろうか…きっと天女の気が済むまで、だろうな。
そう思いを巡らせていれば気配を感じた。
俺は辺りを見渡しながら鯉口を切る。
良く整えられた庭園の一角、木の茂った暗がりに視線を凝らした。
「そこに居る奴出て来い…こんな時分に何者だ」
程なくして暗がりから細身の影が出てくる。
「こんばんは」
僅かな月明かりを受け、その姿を浮かび上がらせたのは一人の男だった。
「知っていると思うけれど一応名乗るよ。僕は豊臣軍参謀、竹中半兵衛」
先ず思ったのは、なんて寒々しい笑顔を浮かべるヤツだ、という事だった。
「何をするつもりもないさ、片倉君」
それを証明するかのように竹中はひらりと何も手にしていない両手を上げてみせた。
君は無抵抗の人間に斬り掛かったりはしないだろう、そう言われれば抜き掛けた刀は鞘に戻す他無い。
無論、刀に手は掛けたままだが。
「ただ少し君と話しがしたい。…その為に君達を引き留めた、と言ったらどうする?」
竹中は薄ら寒い笑顔のまま、演技がかった態度でそう言った。
「生憎テメェと話すような事なんざ何一つ無え」
「フフ、つれないな。…単刀直入に言わせて貰おうか。片倉君、君を豊臣軍に引き抜きたいんだ」
俺の否定の言葉にもヤツは涼しい顔で言葉を発する。
「何…?…豊臣に内通しろとでも言うつもりか」
「まさか!君を正式に豊臣の軍師として迎えたい、そう言っているんだ」
「気でも狂ったか…何の冗談だ」
「冗談なんかじゃないさ。元々君には一目置いていたのだけれどね…君を政宗君の元で腐らせておくべきではない、そう思っただけだよ。ましてや人妖に現を抜かす政宗君の元ではね」
睨み付けようが物ともせずにつらつらと言葉を吐く竹中に、腹の深い所で怒りが渦巻く。
「彼は気付こうともしない、君はあの女の本性に気付いているのにね」
黙ったままの俺に竹中は、話を変えようか、とそう前置きして言葉を繋ぐ。
「ここ暫く、そう二ヶ月位前から君は随分多くの文のやり取りを奥州としているね」
他国に悟られる程に忍を使った自覚は有るので驚きはしない。
ただ、そうせざる負えない状況を不甲斐無く感じるが。
「僕が思うに…政宗君の代わりに君の裁量が及ぶ限りの全ての政をしている…そうだね?」
確認の形を取っていたがそれは確信の言葉だった。
「そして彼は政もせず、ただ天女と…」
そこでわざとらしく溜め息を吐いてみせる竹中に、俺の怒りは更に募る。
「それでも政宗君についていく気概。いっそ見事な忠誠心だよ。君のような人材は豊臣にこそあるべきだ。君の才をもっと上手く活かせる」
冷たい光を目に浮かべ、竹中はにこりと笑って言った。
「…無能な君主の元にいるよりも、ね」
ヒュ、と空気を裂いた居合いは、だが竹中の鞭のような剣に絡め取られて阻まれた。
絡み付いたその刃は刀を握る俺の手に傷を付ける。
竹中が腕を振れば鞭のように伸びた刃はヤツの手元に戻り一降りの剣の姿に戻った。
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって…その薄汚え口を今すぐ閉じろ!」
竹中は口端を吊り上げて肩を竦める。その余裕そうな面が気に食わねえ。
「この命は政宗様のもの…。この片倉小十郎、今生政宗様以外の人間に仕える気は無え!」
「…残念だよ、君はもう少し利口だと思っていた」
竹中は剣を納め背を向ける。
「心変わりは何時でも歓迎するよ」
そう言い置いてヤツは闇の中へと消えていった。
ざ、と生温い風が吹き暗雲が空を覆い尽くす。
「政宗様…どうかお気付き下され……どうか」
空に浮く弦月は、雲に霞んで見えない。

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