「戦」

あの後、俺たちは宛がわれた離れへと戻った。
しばらくして真姫は落ち着いたのか、今は変わらぬ美しい笑みを浮かべている。
す、と背筋に寒いものが伝う。

(それはどこか歪で)

「もうこれ以上は…ここに居座るべきじゃないんじゃないかな…」
俺の言葉に誰も何も言わなかったが、誰もが思っていることだった。
これ以上真姫をここに置いておけば、何か悪いことが…。
バン、と畳を殴る音で思考が切れる。音のした方を見れば、
「…あ奴ら我らを虚仮にしおって!腹立たしい!!」
そこには怒りに震える毛利の姿があった。
今まで随分と静かだと思ったら、どうやらあまりの苛立ちに言葉にならなかっただけのようだ。
「あ奴…石田…壱矢…ッ!」
「ってぇ!毛利、俺に当たるな!…だが確かに苛つく、許しておけねぇ」
「うむ。あのような蛮行まっこと許し難し」
「腹は同じってか?豊臣を潰し…そして、」
「必ずあの者共を、殺す」
毛利につられるように怒りをあらわにするみんな。
いや、怒りなんてモンじゃねえ…激高、憎悪、殺意。それらが渦巻いて息が詰まるほどだ。
「お、おい。随分と物騒な話しだねえ。もっと穏便に…」
そうみんなに声を掛けた瞬間だった。
外から矢を射掛けられ、俺たちの間に緊張が走った。
政宗が背に真姫を庇い、片倉さんがそれより前で刀を構える。
それぞれが警戒の姿勢をとった。
しかし襲撃はそれきりで、シンと静まり返った周囲に人の気配は感じない。
打ち込まれた矢を見れば
「これは矢文…!?」
文が括り付けられていた。
真田の忍がいち早くそれを拾い上げ、文を広げる。
「な、なんて書いてあるの…?」
真姫の言葉に忍は口を開いたが、それは言葉にならずに閉じられた。
苦々しげな表情で文を睨み付けている。
「おい、こりゃあ…」
元親がそれを覗き込み、息を呑んだ。
「ねえ!なんて書いてあったの!!」
真姫の問いかけに幸村が絞り出すように言う。
「北条殿が…同盟を、破棄した…!」
「北条が!?」
「あのような狭量な老人一人御せぬか」
「Hum…俺達を敵に回すって事を教えてやらなきゃやらねえようだ。そうだな、小十郎」
「……はっ」
……じいちゃん、何でだよ。
戦の無い平和な世、それに賛成してくれてたんじゃなかったのかい?
周りではみんながいろいろと話しているがそれは俺の耳には入らなかった。
「All right!豊臣との前哨戦だ。先ずは北条を…潰す!」
その言葉が唐突に聞こえてきた。
え、と思いみんなを見回すと、頷いたり肯定の言葉を出したり…それに賛成しているようだった。
「きゃあ!政宗カッコイイ!!」
声を上げて喜びを表す真姫。俺はそれに言葉もなかった。
…戦は駄目なんじゃなかったのかい。どうしてみんなを止めないんだ、なあ真姫。
俺を置き去りにして戦が始まろうとしていた。

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