「変」

夜も疾うに更け今は子の刻。城は静まり返っている。
そんな中、豊臣の参謀竹中半兵衛は微かな灯りを頼りに考え事に耽っていた。
(天女は今、安芸が毛利氏の元か)
こつ、こつと手慰みに文机を叩く。
その音だけが部屋に響き、それは彼の思案をより促していた。
「天女」が現れ、既に二月が経とうとしている。
その間に天女は甲斐の地から相模が小田原城、土佐が岡豊城を経て安芸が吉田郡山城へと足を伸ばしていた。
そしてその道程を共に行くのが伊達、片倉、真田、猿飛、長曾我部、そして
「…前田慶次か」
風来坊と名高い男であった。
前田と知らぬでは無い仲の竹中は苛立ちを込め前田の名を呟く。
どうも草の者によれば天女は彼等を「手篭め」にしているらしい。
「…信じられないな」
己は見たことは無いが、自軍の石田があれ程までに気味悪げに語る女。
そんな女にそのような芸当が出来るものだろうか。
それも狙ったかのように力のある武将ばかり…。

「…慶次君にしても、天女にしても、秀吉の邪魔をするなら潰すだけだ」

どちらにしてもその考えには変わりない。
ふ、と灯火が揺れ、天井裏から影が降りてくる。
「本能寺にて謀反あり。下手人は明智光秀。織田信長、明智光秀共に生死不明です」
竹中は草の報告に一人納得をする。
「そう……光秀君が動いたか」
それは予期をしていたかのような言であった。
事実竹中は予想していた、何時か彼の狂気が満たされぬ渇きが魔王へ向くであろう事を。
「…織田が倒れ、均衡が崩れる…か。仮初めの静穏は終わり動乱が訪れる。…これからどの軍も天下へ向けて動くだろう」
しゅるり、と筆を動かし簡単に日ノ本の地図を描く。
奥州伊達、越後上杉、甲斐武田、相模北条、加賀前田、近江浅井、三河徳川、大和松永、土佐長曾我部、安芸毛利、豊後大友、薩摩島津、豊臣の障壁と成り得る勢力を思い浮かべ地図に印を加えていった。
「でも、」
ゴホッ
咄嗟に墨の乾かぬ半紙をぐしゃりと握り締める。
ゴホッ、ゴホッ…コホッ
「天下を統べるのは秀吉だよ」
冷えた夜にそれはよく響いて、消えた。

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