それは、狂い

「刑部っ」
騒ぎを聞きつけたのだろうみつが吉継へと駆け寄って来る。
弾みで毛利の手が外れ、急激に空気が喉に流れ込み俺は咳き込んだ。
「み、「三成っ」」
俺を遮り天女がみつへと近寄ろうとする。
「三成ぃ、」
「…貴様は誰だ」
にべも無く言い捨てると、颯爽と吉継に歩み寄るみつ。
みつは当たり前のようにその細い病躯に触れようとして、
「み、三成、ダメうつっちゃう、汚いよ触っちゃダメ」
天女がみつに縋り付き、狂ったように喚いた。
何時も天女の尻をついて回るような武将共ですら、その鬼気迫る様子に立ち尽くすだけだ。
「貴様ッ!!」
鈍い音をさせてみつが天女を殴った。その体は簡単に吹き飛び地に転がる。
みつは怒りで身を一つ震わせた。
「もう一度言ってみろ。その首刎ね飛ばしてやる」
「み、三成」
殴り倒され、起き上がった天女は…それでも再びみつに寄り付く。
「大体私は「みつなり」と言う名ではない。貴様誰の事を言っている」
「え?三成?何言ってるの?」
天女の目には何も映っておらず、ただ漠が在るだけだ。
「貴様、私の言葉が聞こえなかったのか?それとも理解できないのか?」
みつは取り縋ろうとする天女のその不気味さに少しばかり身を引いた。
みつ、ソレを見るな、ソレに語るな。
「おみつソレの相手をするな。早に戻るぞ、吉継の手当てをせねば」
みつの意識の中にアレが在る事が酷く厭わしく、そう言って立ち去ろうとするがみつは天女に阻まれる。
「ねえ三成、真姫たちのところに来て?真姫が愛してあげるから」
しかし、尚もみつの胸に縋りつく女は突然その動きを止めた。
「アンタ…女…」
茫然とした様子で呟き、女はみつを突き飛ばす。
とは言えどみつは女である前に武将であるので少しふらついた程度だ。
「女だが…それがどうした?」
何でも無いと言う風に返すみつ。
みつの言葉に気付いていなかったのだろう武将共から驚きの声が上がった。
あれが、とか、有り得ねえ、とか。後で覚えてろよテメェ等。
顔を伏せぶつぶつと何事かを呟く天女。髪がばさりとおどろしく垂れた。
「真姫…?」
長曾我部が遠慮がちに声を掛けるも、耳に入っていないのか反応は無い。
今の内にと去ろうと背を向ければ、
「許さないッ…許さないッ」
天女が突然斬り掛かってきた。
刀−如何やら呆けている伊達から失敬したようだ−を滅茶苦茶に振り回し叫ぶ女は鬼女の如くの形相である。
俺はみつと吉継を背に庇い、女と対峙した。
先日感じた恐れがじわりと立ち昇り、少し手が震える。
(…大丈夫だ……俺のものを傷つけさせるものか)
型も何も無い太刀筋。脇差でその刃を払い、天女の腕を斬り付ける。
取り落とした刀は蹴って天女から遠ざけた(その際に片倉に睨まれた、気がする)。
抉るような傷を付けてしまったか、天女はだらだらと血を流す。
だがその刀傷は見る間に血が止まり、薄皮が張り、跡形も無く消え去った。
たった二呼吸が終わらぬ間に。誰かの息を呑む音がした。
「…化け物め」
見なくても分かる、みつは眉を寄せて厭わしげにしている事だろう。
「アンタ…アンタが…アンタが三成の場所を取ったのね!三成を返して!!半兵衛が真姫のモノにならないのもアンタのせいだわ!!全部アンタのせいよ、小太郎に会えなかったのも、半兵衛が真姫を拒絶したのも、全部、全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、ゼンブッ!!」
錯乱した様子の天女に、
「アンタら真姫ちゃんに何をした!」
先程まで呆けていた真田の忍が噛み付いてくる。
それにつられてか呆然としていた他の野郎共もギャンギャンと喚き始めた。
比較的冷静な前田のが落ち着け、と声を掛けるもそれは効果は無かった。
「失せろ」
はてさて、絞められたせいか怒りのせいか…掠れた低い声が俺の口から出た。
「テメェ等…ソレを連れてどっかに行きやがれ!失せろ!!」
前田のが暴れる天女を引っ張って行き、武将共がそれに付いて行く。
アレ等が離れの方へ行き、見えなくなって…それからようやく俺は刃を鞘に収めた。

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