疾風剛毅(1/2)

主が己を呼ぶ。
己は何時もと変わりなく音も無く地へと降り立った。
主は風魔小太郎に背を向けたまま。
天守から見下ろす城下を、炎に舐められ悲鳴が木霊する城下を、ただじっと見つめていた。
枯れ枝の様な細い皺だらけの指は槍を握り込み過ぎて白くなっている。
細く、頼りなくすらある薄い肩は震えていた。怒りで震えていた。
「風魔よ……風魔小太郎及び風魔一族との傭兵の契約を解く。何処へなりとも失せい」
落城も間近の事であった。

己は、風魔小太郎は言われた筈の言葉が理解出来なかった。

近付く殺気に満ちた喧騒。轟く砲撃、そして断末魔。
若し、今ここで、己が老人から、主から離れれば……死ぬ、間違いなく。
それを分かって契約を解く等と言っているのか?
何故だ。
何時もの様に傭兵に己に大将の首を取って来いと命じて任せておけばいいものを。
「…風魔よ」
主の手が伸びてきて、己の肩にそっと乗せられた。
「おぬしはまるで孫のようじゃった…今までこの老い耄れに付き合ってくれてありがとうなぁ…」
風魔小太郎は、己は、何も言わない、言えない。ただ俯いてじっと耐えるだけだ。
門が破られたのか…駆けてくる馬の足音が兵たちの雄叫びが近付いてくる。
死が、近付いてくる。

ただの傭兵の己を…ただの忍の己をまるで孫か何かの様に甘やかし、肩を揉めだの一緒にお茶をしろだの命令とも言えぬ命を下してきた老人が、
この愚かで優しい老人が、死、ぬ…?

風魔小太郎は動かなかった。その事実に動けなかった。

「さあ!もう行くのじゃ風魔!おぬしはもう自由じゃ!」
主の力強い声が己の耳を打つ。
自由?
その言葉は風魔小太郎になってから全く馴染みのないものとなっていた。
今のこの身が自由だと言うのなら、
己の思う通りにしていいと言うのであれば、
ならば。


だから、己は―





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