病み

気付けば視界いっぱいに広がる闇。
「…ここは」
一体何処だと見渡そうとも目を開いているのか閉じているのか判然としない濃密な黒が満ちているばかりで、行く末も来し方も、上も下も、何も無い。
闇としか名状しようのないそこは紫色に深かった。
足元は靄を固めたようにふわふわとして頼り無いのに、膝を突く彼を縫い止めるそこは硬く冷たい。
「フ、ふ……罪人には相応しい」
虚無が続く空間は音を吸い取って耳鳴りがするほどの静けさに包まれていた。
思わずといった風に漏らした感想は余韻すら残さずすぐさま掻き消える。
彼が久方振りに浮かべた、彼自身は見えぬ笑みは嘲りの形に歪んでいた。
「ふ、はは、はは……」
揺れる肩は次第に大きく。
哂いは自らへ向けて。
空っぽの胸腔を吹き抜けていく笑い声は只管に虚ろである。
「ははは、はははハは」
主を護れず、仇も討てず、
「は、ははは、はは……は、は」
復讐に殉じることも出来ずに、挙句喪いたくないたった一つを喪ってしまった。
そんな愚かな己を哂う。
辛いなんて言わない、苦しいなんて言えない、
「……は…………は」
悲しい、だなんて。
まずたった一粒が転がり落ちて。
「っ、ぐ…っく…っ…ぅ、あ、ああ、うああああああっ」
あとはもう感情は誰にも止められぬ奔流となり彼の青白い頬をしとどに濡らしていく。
うわんうわんと子供のように喚いて泣いて。
泣いて、泣いて、泣き抜いて。
生き延びてしまった慙愧を叫び、そして還らぬ人を想って咽ぶ。


そこに凶王と呼ばれた姿は無く、ただ弱さを抱えた青年の背中があるだけであった。


一刻ばかりもそうしていただろうか―色も音も死んだ世界でそれが真実一刻とは限らなかったが―感情のうねりは治まったらしく今は時折鼻を啜る音が聞こえるばかりだ。
泣き過ぎた頭には痛みが波のように単調に繰り返されている。何処か奇妙な心地良さのある疲労を彼は感じていた。
ぼうっと無へ視線を投げ掛けて、どうかこのままこの闇に溶けてしまえたらと考える。
「そうしたらもう」
何と馬鹿馬鹿しいことだろうか。そう思いながらも切望してしまう。
「ふ、ふふ……つかれた、な…………」
刃は無い。それでもこの両の手さえあれば事足りる。
彼は長く伸びた首に白い指を絡めた。
と、

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