かなしい

徳川家康は悲しく思っていた。
表情らしいものを浮かべなくなった『友』を思うととても悲しい。


その『友』と男とが出会ったのは三年か四年か…それくらい前だったろうか。
もうずっと一緒にいるような気がしていたのにまだ片手で足りる程だと、そのことに男は純粋に驚く。
初めは目付きの悪い男だと。
強大な力で配下にさせられた立場からすれば気安い仲になることは難しく感じられた。
気難しく口調の荒い彼と初めて言葉を交わした時なんかは、何て失礼なやつだと思ったものだ。
だが。
共に闘い強さを知って、言葉を交わし純粋さを見、時が少しずつ少しずつ二人の仲を取り持って……何時しか己にとっての唯一は彼だと男は思うようになった。
そしてまた、己が彼にとって大切な友となっていると自負していた。


ところで、男は己が存外欲深な性質だと知っている。
彼にとっての唯一は自分だけでいい。


だから殺した。

まず彼の主を。
それでまず彼の怒りは全て男のものになった。
まだ足りない。
少しでも気に掛けるような相手すら残さない。
彼の配下は悉く殲滅した。彼が拘った『豊臣軍』は跡形も無く消えた。
兵卒へとほんの少しずつ分けられていた心は彼が奪った。
まだ足りない。
彼に寄り添い謀を燻らせていた男は、奴は……殺す前に根の堅洲国へと逃げられてしまった。
少し残念に思う。

今はこうして『二人』で望んだ通りにお互いがお互いの唯一、その筈だった。

あの日からこの城に『匿っている』彼。
朧雲にすら掻き消されそうな昼の月。そんな儚い姿。
傷跡ばかりの手で、少し変形した爪の乗った指で、その薄い唇をなぞれば僅かばかり伏せる目が深くなる。それだけ。
それでもまだ事に及べば涙を、唇を噛んで耐える姿を、抗い切れずに吐く甘い息を、達した直後の絶望したような顔を、
(……見せてくれていたのだがなあ、)
最近はすっかりそれも無くなってしまった。
己の全てを彼に捧げているのに彼は閉じ籠もるばかりで何も与えてはくれない。悲しい。
「ああ、かなしいなあ。かなしいよ」
そうして徳川家康は身勝手な思案をして、彼がどうやったら喜んで、怒って、悲しんで、苦しんで……くれるだろうかと無邪気な笑みで考えるのであった。

(4/9)
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