初めて彼を見たのは池袋駅だった。鮮やかな艶のある黒髪に、鋭い目、黒いコートを着た男の人。端麗な容姿はわたし以外の女の人も惹き付けた様で、横をすり抜ける彼を目で追う女の人は少なくなかった。もちろんわたしもその中の一人。どこか影のあるその男の口元は滑らかに上がり、瞳は怪しく光っていた。異様な存在感を纏い、彼は駅の改札を通り抜け、人ごみの中に消えた。一目惚れ、なんて少女漫画みたいな事、自分には永久に無縁だって思ってたけど、本当に一目惚れだった。彼の端正な容姿、そして不思議な雰囲気に惹かれてしまったんだ。


あれから一週間、もう一度会いたくて毎日同じ時間に池袋駅に行ったけど彼の姿は見つからなかった。名前も年齢も分からない正体不明の男の人。かっこいい人なんて幾らでも居るのに、何故か彼の事が頭から離れない。もしかして今日は居るかも、なんて淡い期待を抱いて池袋駅に行く。だけどあんな人ごみの中から彼を見つけ出すなんて奇跡に近くて、駅に居る保証も無い彼の姿を探して見つからなくてまた落ち込む。わたしは一体何がしたいんだろう。ストーカーみたいになってる。自分でも気持ち悪い。それにもし彼に会えたからって話が出来る訳でもない、何をする訳でもない。…でもやっぱりもう一度、彼に会いたい。



その時、異様な存在感を孕む男の影が、目の前を颯爽と横切った。目を疑う程に美しいその姿は、間違い無くあの男だった。(会えた。…また会えた!あのひと、だ!)



喜んでいるのも束の間、彼はどんどんわたしから遠ざかり、スーっと人ごみの中に紛れ込んでいく。わたしは慌てて彼の後を追う。でも彼を見失わなかったのは、彼の周りに人が居なかったから。正確には、周りの人が彼を避けて、離れて行っていたから。その時ざわつく雑音の中から聞こえた単語「情報屋」。何人もの人が彼の姿を見て、「情報屋」だと言っている。「あっ、情報屋だ、やべーぞ、近づくな」「あの人…ほら噂の、情報屋!」


「情報屋」?聞き慣れない単語だけど、彼の職業なんだろうか。彼は情報を売る仕事をしているのだろうか。何だかよく分からないけど…彼の仕事が分かった!わたしもお金を払えば、彼から情報を売って貰えるんだろうか!





「あの、情報屋さんなんですよね!?」





気が付けば、わたしは彼の袖を引っ張って話しかけていた。彼は立ち止まり、ゆるりと振り返ってわたしを見下ろす。彼と目が合って、体が硬直してしまっていた。吸い込まれてしまいそう。あんなに五月蝿かった周りの雑音が一瞬にして静寂に変わる。周りが静かになったのか、わたしの頭が真っ白になって聞こえなくなったのか、どちらなのかは分からないけど、兎に角わたしは彼に見とれていた。





「…そうだけど?」





彼はわたしを一瞥し、にこりと微笑んだ。素敵な声。初めて聞いた彼の声は、謎めいていて、どこか非現実的で、益々魅了されてしまう。





「実は、売ってほしい情報がありまして、」



「…売って欲しいって、君、まだ学生だよねえ?」



「お、お金はあります!」



「そうだね、じゃあどの情報を提供するか聞いてからお金の交渉をしようか」



「ありがとうございます。あの、わたし、」






コートのふわふわのファーが風でふわりと揺れる。彼の細い綺麗な髪の毛も、ふわり、揺れてる。素敵、初めてあなたを見かけた時からわたし、ずっとあなたが好きでした。






「あなたのお名前を、教えて欲しいんです」






怪しげな笑みは驚きの表情へと変わる。予想外のわたしの言葉に唖然とする彼の顔もまた美しく、わたしはまた彼を好きになる。ドキドキ五月蝿い心臓を無視し、わたしは彼の返事を待つ。彼はまた怪しく笑った。





「俺は情報屋の折原臨也」



「…いざや、さん」



「金は要らないよ。代わりに君の名前を教えてよ。…君に興味が湧いた」








なんだってあげる、条件付きで


(100207)








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