普段無意識のうちに行っている呼吸だが、少しだけ意識をして空気を吸い込んでみたら、いつもと違う味がした様な気がしたりする。事がある。何が言いたいのかと言うとつまりは少し意識を変えてみるだけで世界は変わった様に感じるって事、だ。例えばわたしが泉の事を少しだけ意識していると、もしかしてわたしは泉の事が好きなのでは?と思えて来る。だけどこれは気のせいなのだ。空気に味が無い様に、わたしは泉への恋心なんてこれっぽっちも持ち合わせていない。



「何?」

「べ、別に泉なんか見てないからっ」

「ふーん」

「見てないって!」

「別に何にも言ってねーじゃん」



先ほどくじ引きで決まった新しい隣の席の住人は、相変わらずそっけない。口も悪いし背も低い、浜田くんによれば性格も悪いと聞いた。ほらね、やっぱりわたしが泉を好きになる要素なんてどこにも無い。席替えで席が替わったから少し緊張しているだけだ、泉が隣にいようがいるまいが…別にわたしには関係ないもんね



「なあ」

「みてないっ」

「…あのさあ、別にそんな事どうでもいいからさあ、消しゴムひらってくんねえかな」

「自分で拾えばイーじゃないですか」

「…は?」

「自分の持ち物は自分で管理して下さいオネガイシマス」

「…オメーの机の真下に落ちた消しゴム、机に頭突っ込んで拾えってーの?オメーの股に頭突っ込むような体制になるけど文句言うんじゃねーぞ」

「やー!ごめんなさい拾うっ拾いますっ」

「最初っからやりゃーいんだよバーカ」



悪魔?性格悪いどころの騒ぎではなかった。泉は正真正銘悪魔だ、ドエスだ、この口の悪さには悪魔も吃驚だきっと。平気でわたしの心をズタボロにしてくれた泉に消しゴムを渡すと、そっけなく「さんきゅ」と言われた。きゅん。可愛いなちくしょーばかやろー。そう言う素直にありがとうが言える子だいすきだばかやろー。……ん?あれ?いや違う今のは。べつにわたしが泉のことをすきとかそう言う事ではなくってまあ常識的な人間として礼をいうのは当たり前の事であってですね



「なあ」

「…何よ」

「シャーペン落ちた、ひらって」

「…はーい」



からーんと音を立てて落下したシャペンを拾って泉に渡してあげる。オレンジ色のシャーペンは、可愛い泉によく似合う。わたしが色違いの水色のシャーペン買ったこと、こいつはシラネんだろうな。…別に泉とお揃いだから欲しかったとかそんなんじゃなくてあのー、アレ、シャーペンに惚れたのよ勿論



「おい定規取ってくんね」

「はいはい」

「おう」



落とした定規のメモリは殆ど消えている。年忌入ってんなあ…。というかメモリの消えた定規に存在価値はあるのか?直線引くしか出来ないじゃん。直線引き器じゃんただの。まあいいんだけどね。あれ?って言うかさっきも物落としてなかった?気のせいかしら



「ノート落ちた」

「………ねえ、どんだけ物落とすの!?泉の周りだけ重力が凄まじいの!?わたしへの嫌がらせ?わたし泉に何かした!?」

「別に何もされてねえし嫌がらせでもねえよ」

「いや絶対わたしのこと嫌いでしょ泉」

「勝手にものが落ちんだよ」

「まじありえねーよ泉!」

「ありえるよ」

「気をつけろ!筆記用具は筆箱にしまえ!ノートは腕で支えろ!筆記用具がカワイソウ!」

「ウルセーなあ。おとなしく拾ってろよ!」

「やだ!もー絶対なに落としても拾わないからな!」

「ブース!」

「チービ!ハゲ!ソバカス!」



落ちつきたまへ。わたしよ。こんな不毛で低レベルな口喧嘩など無意味だ。

少し意識を変えてみるだけで世界は変わった様に感じる、事実。厳密には変化していなくても、自分の常識という概念を取っ払った世界は全くの別世界なのだ。透明な空気も、ふむ、なんだか薄紅色に見える様な気がしたりしなかったりしている。実際に薄紅に見えたらわたしは即刻眼科を受診するべきだが、大事な事はそこでは無いのだ。感覚の問題であって、だからつまりその、少し考え方を変えてみろと言うことだ。例えば今まで、生意気顔面ぶつぶつクソチビヤローだと思っていたものを、赤毛のアンみたいな可愛らしいソバカスを両頬に鏤めた小柄で可愛い男の子、と言う様に意識を変えてみよう。

そうしたら何だか目の前にいる小さな物体が愛おしく思え「ブス!顔面も性格もダブルブス!オメー一生彼氏できねーよ!」

まあどれだけ意識を変えたとしても生意気顔面ぶつぶつクソチビヤローは変わりねーけどな!






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