夏、冷房が設置されていない昼休みの教室は、言葉では言い表せない不快な空間と化する。息苦しく熱のこもった教室は、空気の悪い濁ったサウナのようだと思う。空気の悪い濁ったサウナの中には、男子の汗の匂い、女子の甘ったるい香水や制汗剤の匂い、おまけに腐りかけたお弁当の匂いが混ざりあってわたしの胃液を逆流させるような気持ち悪い匂いを生み出し、それが充満している。うぷ、気持ち悪い。わたしの横でお弁当を食べている友達が卵焼きを口に運ぶ。それを見ているだけでわたしは確かな吐き気を催した。なかなか弁当箱を開こうとしないわたしを横目に、ぱくぱくと箸を進める薄情な友人の弁当箱には美味しそうなハンバーグが踊っていた。いつもなら許可無しにそのハンバーグを頂くのだが、今日湧いて来るのは食欲では無く胃液、ダケ。



「弁当食べないの、名字」

「まじ無理、食欲ねーの」

「えーなにそれ熱中症じゃね〜」

「わかんね、なんかちょー気持ち悪い」

「うちの弁当にげろかけんなよ」

「かけねーよ」



こんな空間でよく平気で弁当を食べられるものだ、とわたしは心配の言葉の一つもよこさない彼女を心の中で褒めてあげた。ああ、まじむり、きつい。わたしはせめて視覚だけでも涼しくなりたくて、窓際で巣山と弁当を食べている栄口に視線を向けた。相変わらず爽やかで涼しげな笑顔を浮かべる栄口は、わたしの唯一の癒しなのだ。栄口が教室に居る事で、この教室の温度が2℃は下がっている事をわたしは知っている。あー、なんか心無しか涼しくなってきたような。すう、と風が通った様な気がし廊下側を見ると、教室のドアが開いていて、可愛らしい女の子が立っていた。白いの肌にふわふわの猫っ毛を揺らしている女の子は、確か野球部のマネージャーだ。しのーかとか言う名前の。



「栄口くん」



しのーかは予想通りの可愛らしい声で栄口の名を呼んだ。購買のパンをかじっていた栄口は、急いで牛乳を飲み、爽やかな笑顔を浮かべて席を立った。昼休みに男女二人が嬉しそうに話をしていても、冷やかす人は一人も居ない。皆あの二人は部活関係の話をしていると分かっているのだ。きっと今も部活の話をしている筈だ。朝練の話とか、試合の予定とか。栄口は副部長らしいし。わたしは栄口としのーかをじいと見つめていた。見れば見る程こころに嫉妬心が生まれた。わたしだってあんな風に笑って栄口と話がしたい。もしわたしが野球部のマネージャーをやっていたら、今しのーかが立っている場所にはわたしがいたのだろうか。もし、なんて考えても虚しくなるだけなのに。わたしが栄口とした会話は「ごめん消しゴム拾って」「はい」「ありがとう」、とこれだけなのだ。挨拶も出来ない仲。本当にただのクラスメイト、栄口はわたしの名前なんて知らないかもしれない。それなのにしのーかはあんなに楽しそうに栄口と話をしている。二人とも優しそうで雰囲気も似ているし身長もいい感じだ。ほんと、お似合い。



「名字ー見過ぎー」

「うん。わかってる」

「心配しなくても部活の話してんでしょー」

「だよね」



しのーかが「じゃあまた後でね」と言って教室を出て行った。栄口も頷いて手を振る。わたしの席からは見えないけれど、きっと笑顔なんだろう。しのーかと話終えた栄口がわたしの席の方に近づいて来た。驚いて呼吸が止まりそうになっていたら、斜め前の巣山の席で栄口の足は止まる。そりゃそうだ。



「巣山、今日モモカン用事があるから部活無くなったらしいよ!」

「おっまじで!久々だなー休み!」

「その代わり明日の朝練一時間早まったって」

「うをっ、四時半起きかあ」

「はは、ガンバロ」



苦笑いをする栄口と巣山を見て、わたしはふと疑問に思った。今日は部活が無いらしいけど、さっきしのーかは栄口に「また後でね」と言っていなかっただろうか。いや、言っていた。確実にこの耳で聞いた。え、何もう意味分からん。ああきもちわるい、げふん



「え、じゃあさ栄口、こないだのゲームの続きやらね」

「うわっラブプラス?いいよ俺はー」

「なわけねーだろ!あれ俺んじゃねえし。マリブラやろーぜ」

「あー、ごめん」

「ん、何か用事あんの?」

「うん…今日は、久しぶりに千代と遊ぶんだ」

「……出たァ栄口の惚気攻撃」



薄々、だけど。気付いてはいた。栄口と篠岡の異常な仲の良さ、栄口がしのーかの事を千代と呼んでいる事も。そして今、はっきりと確信した。暑苦しい空間、混じり合った匂い、栄口の嬉しそうな笑顔。一気に吐き気が込み上げて来る。立っているのが辛くて、へなへなと床に踞るわたしの体。青ざめて踞るわたしを周りにいるクラスメイトが心配をして声をかけてくれているようだ。しかし頭がぼーっとして周りの言葉が頭に入ってこない。ふ、と目を開けると、栄口たちもわたしの所にかけて来る。はは…嬉しい筈なのに、…全然嬉しく無い。胃から込み上げて来る胃液や消化しきれていない朝食を喉の奥に戻しながらわたしはふらりと立ち上がり、トイレに行こうと教室を出る。



「大丈夫!?名字!」



背中から伝わる雑音の中からわたしの鼓膜は確かに栄口の声を聞いた。名字、知っててくれたんだ。あー嬉しい、切ねえ、畜生。
























090720 

100613 書き直し






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