五限終了後の休み時間、眠気はピークに達し、脳が酸欠を訴え欠伸が止まらない。温い教室の温度と、クラスメイトの話し声が少し五月蝿い子守唄になり、ふああ。込み上げて来た眠気を我慢する事無く、欠伸をもうひとつ。あまりの眠気に机に伏せてみるが、神経質な俺はやはりこんな固い机に体を伏せて眠る事は出来ない様だ。今すぐふかふかのベッドに横になりたい。



「わたしの秘密、教えよっかなー」



唐突に頭上から意味深な言葉が降って来た。それはもう唐突に。声の主とは俺の前の席に座っている名字のものであることは直ぐに分かったのだが、まさか眠る体制に入っている自分に向かって言っているのでは無いだろうと思ったが、名字は空気の読み方を知らない電波な女の子だと言う事を思い出し、俺は仕方なく顔を上げた。予想通り、名字は俺の方に体を向け、にんまり笑っている。



「秘密?」

「うん、とっておきの。しりたいでしょ」

「いらね」

「実はわたしね、」



どうやら俺の言葉は名字に聞こえていないのか、名字の脳が勝手に違う解釈をしたのか分からないが、俺にはこいつの秘密を聞く、と言う選択肢しか無いらしい。悔しい事に中途半端に契られた言葉の続きを探している自分がいた。人間の本能的な物だ、しょうがない。瞬時に俺の頭の中に書き出されたものはしょうもない事ばかりだった。「実はわたし彼氏できたんだよ」「実はわたしバイト始めたんだよ」「実はわたし今日誕生日なんだよ」、どれもどうでもいいものばかりだ、だって名字の事なんか興味ねーもん



「魔法つかえる」

「…は?」

「魔法、つかえる」

「……はあ」



名字の薄い唇からゆっくりと溢れ出た言葉は俺の想像を遥かに上回る現実離れした電波な発言で、俺は思わず利央のような間抜けな声を出してしまった。初めて会話をした時から変わった子だとは思っていたのだが、まさかここまで頓珍漢な事を言う子だとは。ただ俺をからかって反応を見て楽しんでいるのなら俺の拳が火を噴く所だが、生憎名字がそんな事を出来る器用な人間でない事は、今日までの付き合いで証明されている。「魔法」+「つかえる」=「魔法使い」。痛い式で出来上がった痛い単語に鳥肌が立ったものの、不安定な名字を傷つけまいと俺は名字の話の続きを待った。



「んふっすごくない?」

「てか何が出来んの。空とか飛べんの。ホーキで」

「ぎゃは。ふるーい。最近の魔法使いはそんな事しないよ」

「んだよ最近のまま、ほ…つかいって」



魔法使いと言う痛い単語が周りの奴らに聞こえない様に出来るだけ声を潜める。誰も俺たちの会話なんか聞いてはいないだろうが、何より俺自身が聞きたく無かった。



「今まで秘密にしててごめんね。ほんとは誰にも言っちゃ駄目なんだけど、高瀬にだけ…教えて上げる」

「は、何それ」

「…ねえ、信じてないでしょう」

「信じてる信じてる」

「高瀬って嘘付く時、同じ言葉繰り返すんだよねー」

「えっまじで?」

「証明しましょう、わたしが本当に魔法使いであると言う事を」



あいたたたたたた。電波全開 。右手の人差し指を俺に向けて拳銃のポーズ、+ウインクをする名字を直視していると涙が出そうになった。顔は可愛いのに何故こんな事になってしまったのだろう、きっと出身地はこりん星周辺なのだ。



「じゃあ今から高瀬の心臓を活性化させて血液の流れを良くしまーす」

「…んな事出来んのか?」



まさかそんな俺の内臓をどうにかする感じになるとは。心臓を活性化させて血液の流れを良くする…どこかのサプリメントのCMの様で聞こえは良いが、正直普通に怖い。しかも心臓、もし本当に名字に魔法の様な力があったとして、失敗したら俺は死ぬのではないだろうか。そんな俺の内心を知ってか知らずか名字は右手を俺の方に伸ばし、唐突に俺のネクタイを引っ張った。ぐえ、首しまる、とか思っていたら俺の視界は名字でいっぱいになっていて、………え?

無理やり引き寄せられたかと思うと唇に柔らかい違和感。もしかしてこれは世間一般で言うキスとか言う奴なのでは?と気付いたのは唇が離れて数秒後。「やーらかあい!」訳も分からずぼーっとしていた俺は名字の一言で我に帰る。



「お、お前なにやって、」

「ふっふ、高瀬に魔法をかけてみました」

「は?」

「心臓、触ってごらん」



言われるがままに右手を心臓の所に持って行くとドクドクドクドク、右手いっぱいに激しく脈打つ心臓を感じた。ああ、確かに活性化している。あんなに静かだった心臓がこの一瞬の間に、こんな事に。まるで魔法。ふんふん成る程、これが今時の魔法使いとやらの手口。実にお見事。



「しんじる?」



顔を上げれば憎たらしいどや顔の名字。恋の魔法にかかりました、なんて台詞が一瞬脳内を過ったがこれは電波な名字の魔法にかかって俺まで電波になっているだけなのであって、決して俺の意思ではない。正常な状態の俺ならば、名字にでこぴんの一つでもお見舞いしてやっている所だ。そうだ、きっとそうだ。俺は今名字の魔法にかかっているだけだ…魔法のせいなのだこれは。





090711 

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