高瀬の口から力なく吐き出された濁った煙は煙草特有の発酵した匂いがした。その煙を思いっきり吸い込んでしまい咳き込んだわたしを見て、高瀬は謝るどころかいやらしい笑みを浮かべている。へらへら。へらへら。以前はポーカーフェイスの似合うクールな男で、こんな頭の悪そうな薄ら笑いを浮かべるような男では無かった。何も考えていない様な空っぽな笑顔に対し、込み上げて来るのはため息と微かな吐き気。お前のせいで肺癌になったらどうしてくれるの、と呟くと高瀬はフェンスにもたれかかったまま鼻で笑った。



「おい高瀬さんよー」

「あー。んなに怒んなよー。可愛い顔が台無しだぜ〜」

「怒った顔も可愛いからご心配なく」

「鏡見た事あんのかよ」

「取りあえず火い消せよ。肺癌で死ぬとか勘弁なんで」

「んーもうちょっとー」



生返事をして屋上から身を乗り出した高瀬は、無人のグラウンドに向かって煙を吐き出す。わたしは引き締まった高瀬の背中をただ見つめ、思う。煙草を吸う高瀬はまるでわたしの知らない男の様だなあ。



「高瀬、授業でないの」

「出ねー。もう俺のやる気とか気力とかどっか行ったし。頑張る気とか微塵も湧いてこねー」

「…そっか」

「授業さぼって煙草ふかしてんのがいーね。何も考えなくて良ーし、風はきもちーし」



高瀬は火が消えて小さくなった煙草の残骸をグラウンドに投げ捨てた。風を受け、ふよふよと不規則に回転しながら落っこちて行く小さな塊は、どんどん落っこちて行く高瀬の人生の様だと思った。それをぼーっと見つめる高瀬の目は虚ろで、どこか濁っている様に見えた。自分たちが野球をしていたグラウンドにゴミを捨てる元エース。わたしが知っている高瀬はもっとよく笑う子だった。優しくて強くて野球がうまくて気が利いて、多少頑固な所もあるけど、夢や希望に満ちた輝いた目をしていた。そしてわたしは高瀬の笑顔が好きで、いつも元気を貰っていた。



「単位、大丈夫なの。」

「んーん、やべーと思う」

「もうすぐ受験なんだしさ、単位はとっときな」

「受験ね。どーでもいーや」

「…野球の推薦は、断ったんでしょう」

「はは。もう一生やらねーから」

「そっか」



泣いているのかい、涙は出ないけど、きっと高瀬の心は泣いている。わたしはこんなになってしまった高瀬に何が出来るのだろうか。安い慰めの言葉など、高瀬にとっては気休めにもならない、寧ろプライドの高い高瀬を傷つけてしまうだろう。去年の夏の負け試合が高瀬をこうさせたのだ。まだ二年生だった高瀬は、夏の試合の次の日に部活を辞めた。それから暫く学校を休み、そして久しぶりに登校した高瀬の目から、光は消えていた。



「次、わたしの授業だから…気が向いたら来なね」

「…ああ。気が向いたらな。…先生」



わたしが今してあげられる事は、喫煙を見なかった事にしてあげる事と、高瀬の瞳が揺れているのに気付かないふりをしてあげる事、だけ。







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ずっと前にやってたサイトにのっけてた奴を書き直してみました^^^準太あいしてる






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