小説 | ナノ




 雷門中が革命を成功させて、俺には好きな場所に居る権利と自由なサッカーが与えられた。変わりに失ったものもあるけれど、今がいいからそれはそれでとりあえず置いておくことにした。

 今はまた天河原中に通ってプリンスと持て囃され、サッカー部のレギュラーとして、普通の中学生活を送っている。以前はやらなかった日直の仕事だって部活を後回しにしてやっている。まあ、今日が初めてだけど。


「黒板掃除終わったよ、隼総日誌は?」
「まだだよ」


 もう一人の日直が黒板掃除を終わらせて、俺の前の席に座った。冗談まじりでプリンスの手を汚させられないから黒板掃除は私がやると言った変な女。


「隼総意外と字綺麗だね」
「意外ってのがあれだけど、どーも」


 授業をサボる回数だって、喜多や監督に怒られるから減らした。というかサボリすらしなくなった。だから日誌の授業欄はスラスラ書けてしまった。本当に普通の学生みたいだ。


「隼総ってさ、悪い人だったの?」
「はあ、なんだよそれ」
「授業や日直サボってたし、サッカー部負けてから暫く学校来なかったから」


 悪い人、といえば多少真面目な生徒から見たらそうなのかもしれない。フィフスセクターのシードなんて普通のサッカー部員たちには悪のような存在だったから、結果的に意味が違ったけど。


「なにをやってたんだろうなって」
「色々あったんだよ」
「そっか、でも隼総が真面目に授業受けてくれて嬉しいよ」
「あっそ」


 気付いてんのか誤魔化されてんのかわかんねえけど、シードだったことは知らないでいてくれたらいい。隠すためなら真面目に授業くらい受けてやるか。


「今日は隼総がんばったから飴ちゃんあげるよ」
「サンキュー」
「隼総色のグレープです」


 ニコニコと笑った女から受け取った俺色の飴とやらを眺める。ただの紫の…グレープ味の飴なのに、何故か食べるのが勿体無かった。とりあえず机の上の筆箱の傍に貰った飴を置いて、前に座る女に目を向けた。


「お前変な奴だな」
「プリンスファンですから」


 コイツ俺のファンなのかよ、騙された気分。なんでだか知らねえけど。まあ、単純で扱いやすそうだからいいか。飴もくれるし、面倒なこと引き受けてくれるし。


「飴ちゃん食べないの?」
「後で食うよ、ありがとな」
「明日もあげるよ!」
「楽しみにしとく」


 日誌の今日の一言には、体育のサッカーつまんなかった。けど日直の仕事は退屈しなかった。と書いてみた。多分覗き見たであろう目の前の女の顔がへにゃっと緩んだ、そんな阿呆面つられかけて俺も思わず頬が緩んだ。明日にでもコイツに飴渡したらどんな顔すんだろうか、興味あるから気が向いたらやってみるか。



僕と君が始まった



20120903
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