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 俯いた彼の少し無重力な髪が少しだけ揺れる。源田は笑っていた、苦くとても苦く。こんな表情する源田を見たくなかった。でもそれは自分が答えてあげられないからで、どうすることもできない。


「好きだったんだ」
「うん」
「ダメだって知ってても隠すことができなかったんだ」


 すまない。と源田が軽く頭を下げれば、髪はまた少し揺れる。まるで捨て犬みたいだ、寂しいそうな目も髪も。そうさせている私は源田には相応しくない。それに私には他に好きな人がいて、源田の気持ちに答えられない。源田はそれをわかっていて私に謝罪する。謝るのは私の方なのに源田は可笑しい。


「ずっと好きだったよ」


 優しく笑う、少し熱帯びた真剣な目。今までずっと見てきた表情と同じはずなのに、それよりも一段と恋慕が込められている。それだけで見たことない人にような錯覚が起きた。目の前にいるのは間違いなく源田なのに、私は彼の気持ちを軽く受け止めすぎていたんだろう。もしかしたら私が思ってるよりも彼は深く重いものを抱き続けていたのかもしれない。


「お前と仲良くなって、気付いたらそうなってた」
「………」
「一緒に居ることが増えて浮かれた」


 その証拠は彼の言葉と目だ。今まで溜め込み続けたそれが決壊して私に訴えかける。源田は意識しているわけじゃないんだろうけど、ただひとつの感情を彼の全てが私に伝えようとしている。私には大きすぎて重すぎて暗すぎて眩しいそれを源田は止める気も待つ気もないんだろう。私には容量オーバーだと知りながら、源田も同じだから私に与え続ける。

 源田だって言わなくてもよかったなら、言わずに私との関係を友人として継続させただろう。でも限界を超えてしまったのだ。だからこんなに切なくて優しい目をして、言葉を紡ぎ続けている。優しい表情や落ち着いた声は今までとずっとずっと変わっていないのに、目が少しずつ潤み出して、声が少しずつ震えていって今にも崩れ落ちてしまいそうだった。


「笑ってくれる度に嬉しかった」
「………」
「お前といれることが幸せで」
「わたしと?」
「ああ、アイツを好きだと気付いても諦めることができなかったし嫉妬もした」


 彼の表情は今にも泣きそうで、それはすぐに私に移って、私が泣きたくなってしまった。源田は強いから泣かないし、私にはいま泣く資格なんてない。だから泣かない。

 でも彼が思い出の中の私が知らない感情を話すたび息が詰まりそうになった。恋ということを少しでも理解してるからわかる。自惚れになるかもしれないけど、源田は私が彼を好きなよりも、私のことを好きでいてくれている。だから私よりも源田のが息が出来ないはずだ。


「隣に居ればもしかして、なんて淡い期待を持ってしまってたんだ」
「げんだ、」
「その期待が叶わないとわかっていたけど」


 息苦しさに耐えられなくて彼の名前を呼べば悲しそうな目。彼がくれる言葉は綺麗なものばかりで聞くのが怖くなった。だから私は思わずごめんと言いそうになってしまった、それを制止したのは源田のその目だった。最後まで言いたいのだと、最後まで聞いてくれとその目ひとつで言われてしまった。やっぱりこれで終わりだと思うたび、最初に聞いた言葉をまた聞くのが酷く怖かった。


「ずっとずっと好きだった」


 何度も何度も溢れる言葉に源田がだんだん沈んでいってしまうような感覚に陥っていた。彼のプライドを傷付けてしまうから、掬うことや謝ることは私の役目ではない。それをわかっていても、例え傷付けてしまっても、彼に伝えたい言葉が私にもある。


「私を好きになってくれてありがとう」


 彼は子供ながらに私を一番愛してくれている。彼だったら私にずっと変わらず愛情を注ぎ続けて、世界で一番幸せにしてくれるんだろう。それでも私は彼ではない人が好きなんだ。いつかきっと彼の気持ちに答えられなかったことを後悔するんだろうか、と思えばなんだか急に寂しくになった。そんな私を最後にするから、と彼は力強く抱き締めた。いつか私は源田が居ないことを後悔する。


コーヒーに染まるミルク



20120618
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