小説 | ナノ



 雷門へ転校してきてサッカー部に入部して、先輩に出会った。最初は先輩のことだって俺は馬鹿にしていた。馬鹿みたいに笑って俺にも構ってきた、かわいい後輩だなんて言う先輩。本気で馬鹿だと思ったのは、それが空元気だと知ったから。

 忘れ物をして部室に戻ったら先輩泣いていた、俺は面倒だと逃げ出した。本当は理由を知るのが怖かったからだと思う。ただそれから先輩を観察してみたら、誰かと一緒に居ない時は寂しそうな顔をしていたり、それが部活以外だとぼんやり遠くを見ていた。
 あんな馬鹿みたいな先輩がこんな表情するんだと胸が締め付けられた気がして、だから自分から少し歩み寄ってみた。らしくないのはわかっていたけど守りたいだなんて思った。

 それから暫くして先輩が泣いていた、今度は逃げなかった。先輩はごめんって謝って気にしないでって言った。まだ足りない、そう思ってもっともっと先輩に近付いた。素の狩屋のがいいねって笑ってくれたことが嬉しかった。信じてみようと思った、守られていたと気づいた。背伸びしてでも守れるようにならなきゃいけなかったんだ。
 でも真実は残酷だ。先輩の涙の意味を全て知ってしまったからだ。男に髪を触れられてた先輩はいつも笑って狩屋って呼ぶ先輩じゃなかった。辛そうな顔して俯いて、泣いた。押さえ込んでたものが止められずに溢れ出したように泣いた。俺が見た三度目の涙、止めたのも泣かせたのも全部俺じゃない。アイツは触れられるのを許されていて、俺は許されていない。


「すき、とかばかか、俺は」


 あんな先輩初めてだった。悔しい悔しい悔しい、視界が歪んでいる。なんでだよ、なんなだよ。ジャージの袖で目を擦ってもまた歪む、何度か繰り返したのに止まらない。


「狩屋」
「せんぱい」
「どうしたの…?」
「大丈夫、です」


 猫を被って笑って見せた、どうせすぐバレるなんてわかっていたのけど、そうしないと今にも先輩を責めてしまいそうな弱い自分が嫌だった。先輩は裏切ったわけじゃないし、俺を傍に置いて可愛がってくれただから嫌われたくなかった。まだ近くにいてもらう為に今先輩を責めて関係を崩すわけにはいかなかった。


「無理しなくていいよ」
「だいじょうぶです」
「狩屋と私は似てるなあ」


 強がりだ、そう言ってクシャクシャと頭を撫でる先輩の目は赤かった。悔しい、結局また守られる。強くなりたい、この人に誰より好かれたい。まだ俺は負けてなんかいない。


天の邪鬼の背伸び。



20120426
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