小説 | ナノ



 あり得ない、好きなんかじゃない。毎日毎日夢に出てくるけど気になってなんかない。私はどちらかと言えばあんなエロオーラ撒き散らしてるチャラい人じゃなくて、霧野みたいなかわいくて一生懸命なやつが好きだ。霧野を恋愛の意味で好きではないけどタイプはぴったりなのだ。

 内申のためにサッカーやってて、勝手にサッカー部辞めて勝手に学校からいなくなって、かと思えば雷門中の対戦相手として現れる自分勝手な人なんか嫌いだ。
 大嫌いだ、出来ればもう会いたくなかった。話しもしたくなかった、なのに先輩が手をひらりと私に向けた。無視する訳にもいかず会釈をしたら手招きされた。でもわざわざ自分から行きたくなくて立ち止まっていたら、すぐに痺れを切らした先輩が私の元へやってきた。


「呼んでんだから来いよ」
「なにしにきたんですか」
「お前に返し忘れてたんだよ」


 ほら、と先輩が渡してきたのは私のシャーペン。そういえば貸していたなあ、もうあげたんじゃないかと思うくらい長い時間先輩の手にあった。あの時は先輩と馬鹿な話ばかりしていたな。先輩のことはそれなりに尊敬していた、いや今もだ。それでも嫌いだった。思い出すのも嫌なくらい嫌い、はやくここから離れよう。


「どうもです、それでは」
「待てよ」
「嫌です、まだ仕事があります」
「行かせるかよ」
「じゃあ早く用件を述べてください」


 私の髪を掬う先輩、その慣れた手付きに私はまたむかついた。一度だけあの手で抱き締められたことがある、私は何故その時に黙って抱き締められたのか。その答えは簡単で、昔は認めていたけど今は絶対に認めたくない答えだった。ああ、もうあの時のことだって全部全部思い出したくなんかないのに。


「さわんないでください、」


 俯いてそう言うのが精一杯だ、先輩の手を振り払う勇気が私にはなかった。泣きそうだけど先輩の前なんかで泣くもんか、泣きたくなんかない。本当はそういう理由を全部わかってる自分もいた。


「やだ」
「さわんな、」
「やだ」


 足が地面に縫い付けられたみたいに動かない、先輩の顔を見ることもできない。悔しい、なんで先輩は此処に居るんだろう。もう会うはずなかったのに、やって忘れられると思ってたのに。


「練習いいんですか」
「今日休み」
「勉強」
「此処にくるまでにやった」
「へえ、帰らないんですか」
「かわいくねえな」


 呆れたような先輩の声が嫌だった、仕方がないじゃないか、可愛くないんだから。先輩には可愛い女の子が似合うのだってわかってるし、私は先輩と付き合っていた子達みたいになれないって知ってる。だけど嫌いにならないで欲しかった。近くで馬鹿みたいに言い合っていたかったんだ。先輩と付き合っていた子達と一緒にしないでほしかった。


「泣くなよ」
「泣いてないし可愛くもないですよ」
「可愛いよ、だからお前に会いに来た」
「ちゃらいです、馬鹿」
「はいはい」


 ぎゅっと先輩に抱き締められた、先輩の暖かさは以前と変わっていなくて胸が痛かった。でもやっぱり触んないで先輩、すきだから。まだ言えないけど好きだから、それがバレたくないから離して。でもこのままがいい、先輩が私だけ見てくれるようになればいい。そしたら全部話すから。


強がりの背伸び。



20120326
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