小説 | ナノ



ピアノを弾く指を止めた、昼休みの音楽室に入ってきたのは知っている人だったから。


「どうしたの?」


にこりと歪みない笑顔を俺に向ける女の子。日吉の恋人であり、彼の悩みの種である女の子。この笑顔の奥の奥は歪んでいるんだと俺は知っているつもりだ。


「鳳くん、好きだよ」


ほら、同じ笑顔で嘘を吐く。もしその言葉が本当だとしても日吉に嘘を吐くことになるんだろうな。


「何度日吉を裏切るの」


思っていたよりも低い声が出た、それは俺が怒っている証拠だろう。その声を聞いても彼女は表情を変えなかった。でも彼女はただ黙っていた、その時間が妙に長い時間に思えた。


「ねえ、なんか答えなよ」
「鳳くん私のこと好きでしょ?」


 彼女から出てきたのはさっきの言葉とは関係ない自惚れだった、怒りを通り越して呆れてしまった。


「自惚れないで」


 でも胸の中がもやもやし続けていた、ああ彼女の顔を見たくないな。


「もう出てって。今日のことは日吉には黙ってるから」


 俺は日吉を裏切らない、君とは違う。大切な友人を傷付けたくはない、傷付けたけなんかない。でも音なんかなくて、ただ彼女の笑顔が頭に張り付く。消そうとしてもこびり付いて離れない。





20120215

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