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病院のベッドはいつも清潔そうなイメージで、それでいて冷たくて眠りにくそう。全部が白い、まるで石の中にいるみたいで私は好きじゃなかった。
今日、私は病院を退院する。

肋骨を複雑骨折したのだ。一人暮らしだし、何かと不便なんですーって言ったら、お医者さんはほんなら入院したったらええやんって言った。まあ金はあるしいいかなみたいな感じで入院した。そしたらそのお医者さん、忍足謙也くんのお父さんなんだって。

お世話になりました、って言いにいくと、謙也くんのお父さんは、謙也はどうか、学校では頑張ってるか、どんな風に見えるか、自分の職業も忘れて謙也くんについて、私にガンガン質問を浴びせてくる。私はそれについて少し嘘をつく。謙也くんは優しいです、周りにはヘタレって言われてからかわれてるけど愛されキャラです、テニス部では必要不可欠な存在です、勉強もよくできるようです。そこに多少の故意の嘘があるとは多分気付かず、謙也くんのお父さんは嬉しそうにそうか、と言った。


私と謙也くんの関係は、ただのクラスメートだったのだ、私が入院するまでは。謙也くんは優しくてヘタレでテニス部で大人気で…でもこれは世間での評判で、私が彼と関わって知った彼ではない。
しかし入院初日の夜、たかだか肋骨の骨折ごときでまさかの個室で全治するまで生活することになった私を訪ねてきた謙也くんは、そんな評判を覆すような男の子だった。




「…えーと、謙也くん、何か用?」
「別に何もあらへんわ。おとんがクラスメート入院してんねんからお見舞い行ったりって言うから来ただけやし。今日お前の名前も初めて知ったっちゅー話や」



何、こいつ。
評判と全然違う。
私が思っていた忍足謙也は非常に優しい人物、または八方美人。だが目の前の男はみんな、つまり世間一般が言う忍足謙也ではなかった。どっちが本性なのだろう。

「どっちもや」

どっちもか…。




「へ?」
「せやからどっちもやて」
「エスパー!」



忍足謙也はどっちもでエスパーらしい。
超混乱。





「お前あほやろ。じゃ、おとんが言うたから来ただけやし帰るわ。ほな、せいぜい個室で幽霊と戦いや」
「は、幽霊とか嘘で…すよね」
「自分で確かめたらええんちゃう?ほなな」



何か知らないけど図書委員の生意気な後輩みたいな、けど冷たさが違うというような、そんな人だった。
世間体を気にするといった人間ではなく、親の目を気にするというわけでもない。多分、親に逆らうのも訳無いのだろうが、親に従い、それをいい子いい子と思っている親を蔑んでいるのだと思う。
どっちも、と言った時の謙也くんの目は、私を侮蔑の念で見ていた。そこが生意気な奴との違いだ。冷たさに愛がない、全く。お前は俺を何も知らないのだ、と、彼の瞳や声が物語る。事実、私は忍足謙也を何も知らない。今さっき初めて会話をしたわけだし、当たり前のことだ。謙也くんは世間一般を信じる私に腹を立てたのか?だがある意味初対面のような関係の私に、腹を立てるほど暑苦しい男には見えない。

それから、彼は毎日私の病室を訪れた。退屈してるやろ思て、わざわざ来てやってんから感謝しい、と言った(因みに頼んでない)。特に喋るでもなく、謙也くんは私の机を勝手に荒らし回り、ノートをとってくれて、復習がてら教えてくれた。確かに頼んでないけれど、とても有り難いので字が汚いことに関しては目をつぶる。

そして昨日、彼はまた病室を訪れた。



「明日退院なんやて?」
「おん、ようやくって感じや。色々…ノートとか退屈凌ぎとかおおきにな」



素直に私は感謝していた。
彼のおかげで授業に遅れるような事態は免れそうだし、退屈なく、いつの間にか謙也くんが来るのを待っていた。
しかし、私の言葉に目を見開いて、溜息を吐いた。



「お前、あほやろ」



以前にも言われた気がする。













ノートは古西が書いたやつを俺が届けてただけや。あいつ、お前が好きらしいで?ほんま、趣味悪いやっちゃ。勉強教えたんは、担任が頼む言うてしつこいから仕方なしっちゅー話やな。
ペラペラと、舌を噛むことなく言葉を紡いだ彼の言葉に絶句した。
どっちもだ、と言ったのに、私はまた世間一般の目で彼を見ていたのだ。
何て愚かしい。


「…なんやねん、何か言うたらええやろ」

何を言えばいい?
今更、何を。
何も言わない私に対してイライラしているのが伝わった直後、謙也くんは私を押し倒した。
いつも笑顔を絶やさない、太陽みたいなあの顔は、苦しみや悲しみが滲んでいた。



感傷に浸ってる場合ではない。
私は荷物を詰め込んだ鞄を、椅子から持ち上げた。
ひらりと何かが落ちた。
紙、だ。
しかもレシート。ブリーチ剤2つ。


『すまん、昨日言うたん全部嘘。ほんますまん。好きや』

ほんますまん、なんて言うなら、何で抱いたんだろう。謝るなら抱かないでほしい。




「告白くらい、本人の前で言えっちゅーねん」

私は
乱れたシーツ赤い染みを見ながら、小さく零した。




「好きや、これでええんやろ」
あ、古西がお前を好きなんはほんまやで。

ドアに寄り掛かる忍足謙也は、昨日見えていた地毛の黒を金で隠して、世間一般は知らないしたり顔で私と、やっぱり、
乱れたシーツ赤い染みを見ながら、太陽みたいな笑顔をちらつかせて私を抱きしめた。


taboo様に提出。
素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました。
難しかったですが、書き甲斐がありました^^

黒謙也くんに愛を込めて
しお 拝




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