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いつもいつも、何も話せない。今のは若干語弊があるかもしれないが、話さないわけじゃなく、彼が話しかけんなよくそったれオーラを出しているから、話せないのだ。何かに怯えているのか、はたまた何かを拒んでいるのか、私にはわからないけれど、間違いなく彼は誰もかもに壁を作っている。みんなそれに気付いていなくて、彼を優しいとか誠実だとか知ったように言う。でも本当のことなんて誰も知らないじゃない。

「ブラックくん、これ落としたよ」


私はたまたま彼の教科書から落ちた真っ黒な紙を拾って、たまたま行き会った談話室で渡した。いや、あれは渡したうちに入らないと思う。彼は真っ黒のそれを引ったくって、見たのかと聞いてきたのだ。見るわけないでしょ、人の私物の中身を見るなんて下衆のすることよ。ときつめに言ったら、今度はしゅんとしてごめん、ありがとうと言う。気が狂う。変な人。


「ニスタット、」
「何?」

名前を知っていたことに私は少なからず驚きを覚えた。

「これ、何だと思う?」
「知らないし興味ない」



嘘である。

知らないけど興味はバリバリある。しかし、これを渡したときの反応は、いつものクールな彼からは想像もできないような必死さを感じた。それほど大事なものだと思えば、聞かないに越したことはない。
私は中流どころか下流貴族、いや日本で言えば町人のような階級で、食べ物に困りはしないが裕福なわけではない、という生活をしている家庭に生まれ育った。いや、まだ育てられている。しかし彼は魔法界では由緒正しい上流の御家柄で、特にスリザリン寮の卒業生を出すことで有名だ(例外が1人いるようだが)。
つまり、私が知らないことを彼はたくさん知ってはいるけど、私は知らない方がいいこともあることは知っているので、怪しげな黒い紙について言及はしないことにしたのだ。


「賢明な判断だな」
「ブラック先輩」
「苗字で呼ぶな」
「親しくもないのに、名前で呼びたくないです。あ、ブラックくんに用事ですか。ではこれにて失礼」


お前はおかしな去り際の挨拶を残す、とスネイプ先輩にも言われたが、最近日本の歴史にハマったために武士のような話し言葉を使ってみたくなってそうしているのだ。
彼は自身の兄の登場に眉をひそめ、唇を歪ませていた。例外である兄と家に従順な弟はあまり仲がよろしくない模様だ、ふむ、2人にしてすまない、と思ったが、これ以上彼に踏み込むと危ない気がしたのだ。しかも何かを知っているらしいブラック先輩の「賢明な判断」発言。よし、関わらないのは正解だった。
とか何とか言って、実は関わっておけばよかったと思っていたりする。私は周りからは静かで落ち着いている、大人びた女生徒という認識を受け、それに合わせて振る舞ってきたけども、それは人見知りの激しい私が初めに作った防御壁だっただけで、本心は好奇心旺盛なただの子供だと思う。勉強の期待に応えるより、勝手に定着せられたニスタット条約という人として生きる方がよほど難しい。
だからとにかく、私は本当はレギュラス・ブラックが何をそんなに焦って黒い紙を取り返す必要があったか、そもそも黒い紙は何だったかを知りたかったのだ。または、ブラック先輩を兄としてどう思っているか、など。
しかしそれは叶わぬ願いだ。彼もまた、私を静かで落ち着いている大人びた女の子だと思っているだろう、とすれば、もう聞くことはできない。私という人物が如何なるモノかを知らない、興味ない人にのみ、疑問を投げ掛けるのは許されし行為だからだ。












「条約、レギュラスにアレ渡したの?」
「ええ、あんな黒い紙、別に私要らないもん。何よ、アリス、欲しかった?」
「え〜?要らないけど…レギュラスに話す機会ってなかなかないし、ちょっと羨ましかっただけ」




彼はこの学年で最も女子に支持を得る男子だ。確かに兄弟揃ってとっても綺麗な顔立ちをしている。華奢でもなく、クィディッチではシーカーを務め、しかも勉学では首席。口数は少ないが、無口というわけでもなく、男友達は少なくない。スリザリン内ではちょっとしたファンクラブがあるらしい。
スリザリン生がモテるのはとても珍しい。他寮生はスリザリン生が醜悪なる性格の持ち主だと思っているからだ。まあ大概間違いないが、ごく一部はそんなこともない。そんな中で、レギュラス・ブラックは他寮生にもさりげなく人気があるようだ。
















「ニスタット、ちょっと」
「何、また黒い紙なくしたの?」


何故かまた彼と話さなくてはならない状況になった。一体何の用なのだろうか、私は目立たず、このままで生活をして卒業していきたいのに、談話室で呼びだされてはもう言い逃れできない。まあ私と彼の関係性は、落とし物を拾った女と届けられた男、というだけで、別段何かあるわけではないけれど。


「聞きたいなら聞いたらどうなんだよ」
「はあ?」
「知りたいんだろ、これ」


何を根拠にそんなこと。
と思っていると、顔に出ていたのか、君の目が知りたいってうるさいから。と言われた。何だい何だい、意外とキザな奴だな。


「知りたいけど、知らない方がいいんでしょう」
「、なぜそう思う?」
「本能が言ってるから」


途端、彼は至極寂しそうな顔をして、そうだな、と言った。





「レギュラス、あなた綺麗な顔だけど、お兄さんに似てないわね」
「初めて言われたけど。みんなそっくりって言う」
「全然似てない。ブラック先輩は自分がカッコイイって思ってるうちは本当のカッコイイには達せないと思う」
「何だそれ」


彼はふわりと笑った。















それからクリスマス休暇までの1週間、私は彼と何気ない会話をしたし、たまに隣同士で食事を共にした。当たり障りない程度ではあったけど、彼は多分私の質を知っていたと思う。


クリスマス休暇が終わると、彼はいなくなった。
いなくなったのだ、いきなり、忽然と、神隠しにあったように。私は泣いた。泣いた。泣いた。
だから今はもうわからない。
私を知っていてくれた唯一の人がレギュラスだったのか、黒い紙は一体何だったのか、最後にくれた笑顔は何を意味するのか。



この疑問は今届いた手紙に書いてくれてはいないんでしょう。

今更だけど、レギュラス、友達になってくれないかしら。


夢見る少女じゃいられない



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