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今日は飲みたい気分なの、と彼女は言うが、俺は全くそんな気分じゃなかった。因みに彼女はしんみりと言ったのではなく、盛り上がろうぜみたいなノリで俺の背中を叩くのだ。とは言え、俺は彼女が俺の背中を叩く前から酒をのんでいた、とてもしんみりとした気持ちで。

「まあまあ、人生そんなもんだよ。跡部みたいにすたすた歩けるやつもいれば、日吉みたいにサスケだかムサシだかってテレビ番組のような人生送る場合もあるんだよ」



何を知ったような口ぶりで。

大体がそうだった。
彼女が幸せなときは俺は泣きたくても泣けない、彼女が泣いてる時は俺は幸せ、な状態だった。悲しみも喜びも同時には共有したり共感出来ないとは何て寂しいことか。
学生の頃は、辛ければ支え合える仲間がいた。何だかんだ頼りになる先輩や、知恵を振り絞ってアドバイスをくれる友達、見守ってくれてる先生、そしてテニス。その仲間が原因でぐたぐたな時はテニスで紛らわし、テニスが原因なら仲間が話を親身に聞いてくれたものだ。
しかしながら、もう隣にいるような、近い距離にそれらはいない。テニスラケットはあるが、テニスは所詮相手が必要なスポーツだ。ボールに力を込めるだけのテニスはもう不必要な年齢だし、そうするだけの目標もない。だが相手がいない。相手がいなくても哀愁に浸れるのが酒であり、次の日一時的に忘れられるのが仕事だった。

先程彼女は跡部さんがすたすた歩いてる人生だと言ったが、跡部さんは跡部さんなりに苦しんだこともあるだろう。人にはなかなか見せないけれど、得に女性には見せたくないだろうから知らないだろうけれど、跡部さんは何かしらに終われる生活を送っていた。完璧な部長、生徒会長、先輩、生徒、息子、を演じなくてはならない。もちろん、跡部さんはよし、次は生徒の俺にチェンジだぜあーん?という具合に役をしてたのではなく、自然とそれぞれの跡部景吾を演じてるのだと思う、まあこれは俺の推測だが。そんな多忙な跡部さんに、俺は結局一度も、どんな場面でも下剋上を成し得たことはない。



「てゆーか、何があったの?」
「あんたは本当に意味がわからない人ですね」
「そうかな」
「知ってる口で今まで俺を慰めてたのに、今更何があったか聞きますか。普通なら何があったか先に聞きますよ」

うん、そうだね。
そういって、やはり上機嫌なままビールをぐいぐい飲む。因みに俺は今日はビールの気分ではない。絶対飲まないような変な日本酒を炭酸水で割っている、かなり美味いが明日は確実に潰れているだろう。



「で、何があったの?」

外でザーザーいっている。雨が降っている、かなり温度も下がったし今夜は少し着込んで寝よう。



「言いませんよ」
「何でだしっ。気になる木〜」




ここで彼女に言って、何か変わるのか。
結論は言わなくても出ている、変わらない。
彼女が幸せなときに俺は涙を流せないけど泣きたい気持ちになり、彼女が悲しいときに俺は笑顔満面という不変的な残酷な事実だ。無駄なことはしない主義だ、ただ骨が折れるだけだから。





「条約さん、結婚おめでとうございます」
「…名前で呼ばれたの初めて。跡部さん、ってのも気持ち悪いしね」






あなたは笑う。俺は泣く。






あなたが泣いたとき、あなたの薬指が空になったとき、俺は笑わずにいられるだろうか。俺は彼女を幸せに出来ない、こんな男は似合わない。だから別の女を探すけど、あわよくば、次に生命体として生まれたなら彼女の隣は俺にしてくれ。

泣き喚く嘲り笑う




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