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彼女がいつも僕にだけ言う言葉がある。寝る間際、僕が談話室から出ていこうとすると言うのだ。
今日もまた、
「レギュラス、」
こうやって袖を掴んで、切なそうな顔で、でも笑って、
「今日も月が綺麗ですね」
と、言うんだ。彼女はそれを毎日毎日飽きもせず言う。クリスマス休暇のときも手紙にそれが書かれていた。更に理解出来ないのは、曇りでも雨でも雪でも新月でも言うことだ。月など見えもしないのに、いつも同じタイミングで、まるで合い言葉のように言う。
もちろん、どうしてかとかそれは何なのだ、と尋ねたことがあるが、彼女はただ、告白だとしか言わない。何の告白なのか、僕には分からない。
彼女は常に1冊以上の本を持ち歩いている。日本人であまり人と深く関わらない性格の彼女は、読書に精を出していて、頭脳明晰、スリザリンにいるような狡猾さなど持ち合わせているとは思えなかった。むしろレイブンクロー系統だと思う。彼女が持ち歩いている本は殆どが日本のもので、極たまに洋書だったが、洋書も日本に関するものが多かった。両親が送ってくるのはいつも本ばかりで、帰りの荷物はかなり重たそうにみえる。
「条約先輩」
「レギュラス、どうしたの?」
「ここが分からなくて…」
「珍しいね、レギュラスが分からないなんて。ここはね、」
彼女はシャンプーとリンス、ボディローション、あらゆる物が苺の匂いのものらしい。服もレトロな苺柄だったりする。近付けば、厭らしくない仄かな苺の香りが鼻を擽った。兄が連れる女性は香水をプンプンさせて、睫を異様に長くさせて、胸元や脚をこれでもかという程に強調した服を着て、校内を我が物顔で歩く。兄も僕も所詮ブランドみたいなもんだ。僕自身を見てくれない。
「レギュラス?」
「、すみません…」
「体調が悪いなら早く寝なきゃだめだよ」
「先輩は、」
まくし立てるようにして彼女を見た。真っ直ぐに僕を見ている。初めて僕と会ったとき、他の先輩がブラックの弟だと紹介した。彼女はふーん、と興味なさげに言ったあと、似てないね、と言った。初めて言われる似てないという言葉に僕は目を見張ったのを覚えている。
「レギュラス、これ、私のお気に入りの本なの。夏目漱石という日本の代表的作家の伝記とか短編が入ってるんだけど…良かったら読んでみて」
そう言って、僕にハードカバーを押し付けていつもの台詞と共に彼女は部屋へ帰った。明日は休みだから少しくらい夜更かししてもいいだろう。少しのはずが徹夜になってしまったのだが、読み終えた。短編は日本の独特な表現に苦心したが、何とか理解するに至った。伝記部分は日本の知らない文化に心惹かれた。そして、僕が知りたかった謎もそこには書かれていた。
講堂で彼女はグリフィンドール側の、しかも兄の後ろに座っていた。彼女はジャガイモがすきらしい。僕はこんなにも彼女を知っている。しかし知っているような気になっているだけで、たくさん知らないことも秘めているに違いない。他の人もそうだが、僕は彼女が知りたい。
「条約先輩」
「レギュラス、お早う」
後ろの兄がちらりとこっちを見た。滅多に近くに行かない僕が、こうして近くにいることを不思議がっているのだろう。
「レギュラス?」
「月が、」
「え?」
「月が綺麗ですね、条約先輩」
だから、僕のことも知ってほしいんだ。彼女は嬉しそうな顔でふわりと笑って、僕に抱きついた。苺の香りが僕の体いっぱいに充満した。



月が綺麗ですね







夏目漱石はI love youを月が綺麗ですねと翻訳されたのです。ロマンチックですよね^^
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