地図を見てやってきたのは、HLの中でも異界人が多いエリア。目的のビルの屋上を見れば、よくわからない大きな異界の生き物が足を休めている。よく壊れないな、と頭の片隅で思った。 「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」 いろんなものがごった返し、様々な騒音を立てていく中、僕の声は上に上に登っていく。古ぼけた重厚なオークでできた扉にはノッカーなど見当たらず。 仕方なしに声を張り上げたものの、反応はない。これじゃ聞こえてなさそうだ、扉を叩こうかと腕を上げたときだった。 「魔法技術師協会!用件は?」 ポン、と軽い破裂音とともに持ち上げた腕の前に現れたのはライオンの頭をモチーフにした青銅の飾り。しかも、よく響く低音で喋る。一瞬あっけにとられたものの、なんとか持ち直して、名乗りを上げた。 「ツェッドと申します。スティーブン氏からの書類をお届けに...」 「あー、あの件の報告書か?入って入って」 返事をみなまで聞かず、扉が開きだす。その瞬間、一瞬だけ、音が止んだ。 「案内すぐ呼ぶから。ちょっと待ってくれよ」 中に入ると、バタンと扉が勢いよく閉まった。 * 「ツェッドさん」 小柄な女性が2階から顔をだし、僕の名前を呼ぶ。しかし彼女に心当たりがない。誰だっただろう、と手のひらを顔に当てて考え出すと、女性は気にした様子もなくケラケラと笑って言った。 「ナマエです。この前お会いした以来ですね」 「え...?」 ナマエ、という固有名詞には聞き覚えがある。 ライブラの窓からやってきた、半鳥人の女性。目の前の彼女は翼も力強い大鷲の脚もない、いたって普通の人間の姿で微笑んでいた。 「すみません、随分姿が違ったもので...」 「大丈夫です、慣れた反応ですから」 変身術でして、と笑う彼女の肩がふわりと溶ける。そこから見えた隙間からは、確かに彼女の大きな翼が見えた。 「魔術師協会、ということは、ナマエさんも?」 「ええ、端くれですが、席を置いております」 階段の先を歩くナマエさんについていきがてら、先日の協力をもらった件について話す。ターゲットは異界から来た違法ドラッグだった。エンジェルスケイルほどではないが、それなりに人に害を及ぼすもの。売人は捕まったが製造場所を突き止めるため、魔術で何重にもトラップやクリーチャーを仕掛けられた場所を破る必要があったのだ。 「あれは役立ちましたか?」 「はい...詳細は報告書に」 「良かったです。マスターも喜びます」 螺旋階段をどんどん下に降っていくナマエさん。階段の壁にはそれぞれ大小様々な扉が付いていて、そのどこからも変な音や光が煌めいていた。小さいものの中にはネズミすら通れなさそうなもはや窓と言っていいのかすらわからなものまであったのは気にしないでおく。 そうして最下層までやってきたのか、階段が終わった。 部屋の中央にはぽつんと扉が立っている。 「着きました、こちらです」 「...え?」 「呼んできますね」 部屋にも通じていない、一枚の板のように立った、ただの扉。 それを前ににこりと微笑んで少々お待ちくださいと笑ったナマエさんは、躊躇いなくそれを開いた。 「マスター!」 開いた先は、この部屋のただ向こうの空間、ではなく。 喧しい何やら怪しい機械がひしめき合う、別の空間だった。 「ライブラから報告書を持ってきてくださいました!」 「おー?スターフェイズからか?そこ置いとけ!!」 「また徹夜ですかー?!」 「うるさい!放っておけ!!」 騒音に負けないように、ナマエさんが声を張り上げる。 突然、見えている不思議な部屋以外にも上がざわざわとし始めて見上げれば、今まで通ってきた階段の扉がちらほらと開いていて、人間やら異界人やらが顔を出していた。 「私と同じなんですー!少しお話しされては?!」 「同じ?!」 ガラガラ、がっしゃん、ドカッ、バキッ。機械の音は止んで、そんな擬音が似合いそうな音がした。ドタドタと足音を鳴らす音がして出てきたのは、ナマエさんの外見年齢よりもずっと下の小さな少年だった。 「同じってなんだ!鳥か?!俺と同じ発想のやつが...」 飛び出してよろけた少年はナマエさんの身体に受け止められる。 顔を上げた彼は僕の頭のてっぺんからつま先までまじまじと見つめ、そして。 「魚!!魚ときたか!!!」 キラキラと輝く瞳に、少しくらりとした。 |