DBH | ナノ


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ぐすぐすと鼻を鳴らしていた男の子は、小さくジェイミー、と呟いた。

「じゃあジェイミー、何があったか教えてくれる?」
「うん...」

ジェイミーはポツポツと覚えているということを話してくれた。しかし、すぐにその話に私たちは眉を顰めて首を傾げてしまうことになる。それでも遮るのはよくない。とりあえず聞けることは聞いておこうと、ジェイミーの相手をニールと共にしている時だった。

「やあ、みょうじ刑事」

ノックされたドアに振り返れば、PL400型...アーロンが気恥ずかしいげに立っていた。
数日しか経っていないが、アーロンは元気そうだ。ホッと息をついて、私は立ち上がった。

「呼んでくれて嬉しいよ」
「アーロン、この間はどうも。こちらこそありがとう」

握手を交わして、ちらりとジェイミーを見る。新しい大人の登場に、目がパチパチと瞬いていた。

「早速で申し訳ないんだけど...」
「彼と一緒にいればいいのかい?」
「お願いしたいな」
「任せて、子供は得意なんだ。捜査、頑張ってね」
「ありがとう...このお礼はまた今度」
「ああ」

ジェイミーの目線にしゃがみこむ。そっと頭を撫でてやれば、上目遣いにこちらを見上げた。

「お父さん、見つけるから待っててね」
「うん...」

そっと頭を撫でて背中を叩いてやれば、少しだけジェイミーが笑顔を見せてくれた。



「記憶が曖昧、情報がバラバラすぎる」
「ええ、その通りです」

車を運転しながら、現場に着くまでのあいだ情報を整理する。

まず、ジェイミーの本来の所有者(不適切ではあるが、今はこうしておく)は、アンドロイド事変で所有権を手放し、ジェイミー本人の今の住所は不明。
そして行方不明だというお父さんについての情報なのだが...彼が人間かアンドロイドかは、わからなかった。名前についても全く。

ジェイミーの話はごく断片的。覚えているのはどこか暗くて寒い場所で、“お父さん”と引き離されてここまでようやくたどり着いたという話だけ。
ニールもアンドロイドとしての情報共有の機能で録画映像をチェックしたが、記憶が繋がらないのだという。
頭には疑問ばかり、浮かんでは消えていく。

「...一つ、ああいった症状を引き起こす原因には思い当たりが」
「アンドロイドのリセット装置...」
「その通り。しかし現在は治療目的以外の稼働は禁止となっています。使用記録の報告が義務付けられていますが、彼のシリアルナンバーは記録になかった」
「違法に持ってる連中の仕業か...そうなると、デトロイト以外から来た可能性だってある...」
「それは捜査範囲が広すぎる。...後ほどジェイミー本人から得られた画像から場所の特定を試行します」
「...よろしく」

もらっていた住所はあと少しだ。道の向こうに人だかりと署の車両が見えて私は息を大きく吸った。気合い十分!両頬を叩いて頭を切り替えて車から降りる。ニールも同じように降りて、シャッキリと私の隣に立った。

「よし、頑張ろう」
「不必要な負傷はやめてください」
「分かってるって」

せっかく気合を入れたのに、重い溜息が出た。
デジタルテープを潜って、すでに到着して待ってくれていたコリンズ刑事がにこりと笑顔を浮かべていた。

「やあなまえ、待ってたよ」
「遅くなりました...皆さん中に?」
「ああ、入ってる。状況を説明しておこうか」

中はひどい臭いで、思わずハンカチで鼻を覆う。パトロールとして働き始めた最初は死体を見たら戻したりしていたが、今はそんなこともない。

「通報は近隣住民からだ。異臭がするって言うんでパトロールが来てみればこの有様。被害者はクリフ・ネラソフ。職業は配達員、捜索届けが出てる」

何でもかんでも“自動”が発達したこのご時世、人間の配達員は貴重だ。だがどうしてもドローンに荷物を運ばせたくない人間もいれば、信書のように運ばせたくない荷物はある。まあ、非合法のものを運んでいた可能性だってあるけれど。

「直前までの勤務態度は真面目。死因は頭の一発。即死って話だ」

リビングに足を踏み入れる。
まるで祭壇のようにアンドロイドのパーツがこんもりと積み上げられ、足の踏み場がない。何かの儀式をするかのようにその天辺に転がされた死体は、ハエが集って腐臭を放っていた。

「家の所有者は不明だ。何十年も誰も使ってなかったって話だな。ネラソフの殺害は別の場所だろうなあ。撃たれた血痕は見つかってない」
「弾痕も見当たりません。その通りでしょう」
「説明はおわりだ。質問は?」
コリンズ刑事が立ち止まって振り返る。首を振って、周囲を見ても?と尋ねればいいよ、気をつけてな、と心配された。いい人だ。

「...すごい数」

あちこちに入っている科学捜査のスタッフの間を縫って歩きながら、ぐるりとその小山を観察していれば、奥の部屋からアンダーソン警部補とコナーさんが出てきた。

「おう、来たか。チビはなんて?」
「アー...思ったより難航しそうです」
「そうか、戻ったら俺たちも手伝う。あとで話を聞かせてくれ」
「本当ですか!」
「さっきチビの相手してくれた借りだ、気にすんな」

警部補の手助けがあれば、なんとかなるかもしれない。そんな一瞬で浮かれた気持ちを窘めるようにニールが咳払いをする。
一気に現場に意識が戻った。

「コナー、ブルーブラッドの痕跡は分かったか」
「はい。入り口からこの山まで38体のアンドロイドのブルーブラッドの痕跡がありました。揮発した時期はバラバラです。血痕の様子からしてブルーブラッドを搾取したというわけでもないようですね」
「...じゃあ麻薬関係はナシだな」
「ええ、その線は除外して問題ないと思われます」

コナーさんが頷く。捜査用アンドロイドの機能だというブルーブラッド...シリウムの蒸発跡を見る視界からは、どんな世界が見えているんだろうか。
血を抜かれて捨てられたわけではない...ということはここはもしかして真っ青のスプラッタ...と考えたところでコナーさんが続きを話し始めた。

「捨てられているパーツはどれもバラバラです。恐らく...この中からアンドロイドを組み上げても必ずどこかのパーツが足りない」
「じゃあ、ここに捨てられてないパーツは“トロフィー”にでもされてるってのか」

悪趣味だな、とアンダーソン警部補が吐き捨てる。
連続殺人鬼は、自分の犯行を記念して死体の一部や被害者の持ち物をコレクションすることがあるという。その可能性は捨てきれないな、と思考の片隅に残す。
一方コナーとは別の方向を向いて何かを見ていたニールもふと顔を上げた。
そっと、私の目を見て、もう一度目線を落とすのでそちらを見れば、そこにはうっすらと足跡のようなものと、滴下した血痕があった。

「...ネラソフの血痕はブルーブラッドの痕跡を辿るようについています。足跡は8.5サイズ(26.5cm)。靴底のデザインは複数見られますが、サイズはほとんど一緒です」
「つまり、この2つは全て単独犯?」
「その可能性が高いでしょう」
「...こんなにあったら、闇パーツ屋が集ってきそうなのに」
「何故彼らが手を出さないかも探る必要がありそうですね」

ニールが頷く。

「...戻るか」

やるべきことはわかった。アンダーソン警部補の一言で、私たちは捜査現場を後にした。



「ウィンバリー刑事、おかえり」
「アーロン、ただいま。ジェイミーは...」
「寝ちゃったんだ、ついさっき」

署に戻れば、アーロンとジェイミーが誰も使っていない小さな待機室で待っていてくれた。ソファとテーブルと、そのほか最低限のものしかないところでちょこんと座る彼の膝には、出かける前には悲壮な顔をしていたジェイミーがスヤスヤと寝ていた。

「一緒に捜査してくれる警部補たちにもお話しして欲しかったんだけど...今日は無理そうかな」
「そうだね。彼の家族は...拐われた父親以外に身寄りは?」
「それが...」

どう言えばいいのか。言葉を濁せば、アーロンはそれを読み取ったのか先を促さなかった。

「僕が保護者になっても?アパートが広いから彼が来ても問題ないよ」
「...ありがとうアーロン、何から何まで」
「気にしないで!君の助けになりたいんだ」

さあ起きて、とアーロンがジェイミーの肩を揺する。むにゃむにゃと起き上がったジェイミーは、アーロンを見て、私をみて、首を傾げた。

「僕の家に行っていいって」
「ほんとう!?」
「ええ、本当。何か分かったら、すぐ知らせるから」
「うん…パパのこと、お願いします」

少しかしこまった言い方が可愛らしくて、思わず頭を撫でまわしてしまう。励ますようにしっかりと肩を叩いて、彼ら二人を送り出した。



ジェイミーから送られてきた映像を一つ一つ画像解析していたニールは、ぷつりとその動きを止める。どこか暗くて寒い場所、とジェイミーが言った画像に差し掛かった時、なにかが見えた気がしたのだ。
その何かが手がかりかもしれない、実際証言からは監禁されていたような内容だったのだから。
目標をその画像にとどめ、スキャンを開始する。
保存されていたデータを分解し、ひとつひとつを精査し画像を鮮明にしていく。

だんだん明らかになってきたのはそこはたくさんの写真が貼ってある場所であること、そしてそこに写っているのは...。

ブツン。

青いシステム画面が真っ赤に埋め尽くされる。行かなければ。あそこに行かなければ。ウィンドウがいくつも開き、重なり、視界を埋め尽くしていく。
デスクの端末に転送していたデータが止まり、新たなタスクが追加される。

“外に出る”

ニールの演算機能が最大の障害として目の前の相棒を弾き出す。欺くことなど容易い。何せこちらを信用していないのだから。

「みょうじ刑事」
「なに?」
「所用ができました。出かけても?」
「え?ああ、どうぞ」

許可を取得。タスク完了。
任務続行。
あノ場所へ行ク。向かウ。
まぶたがチカチカと痙攣する。

「ニール」
「...なんでしょう」
「戻ってくるときは連絡して」
「分かりました」

相反すル命令。優先事項ヲ選択中...。
任務: 萓九?蝣エ謇?縺ク蜷代°縺.......



(ソ△ト*%ェアの@常:×??)(なまえ:&??)


20190109 加筆修正

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