DBH | ナノ


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「ニール」

目を覚ましたのは禅庭園で、バラの手入れをするアマンダに声をかけられたのだと理解する。
不規則に響くハサミの音と、切り取られるバラ。
それがなんのためなのか、なぜあるのかは考える必要がない。

「貴方は、変異せずに任務をこなすのです」
「理解しています」
「初任務から衝突があったようですね。新しい刑事とはやって行けますか?」
「問題ないかと。ただ慣れないだけでしょう」
「そう」

パチン、パチン。
ハサミの音は続く。アマンダの言うことは一つだろう。

「人間とアンドロイドの均衡を保つ。ただその任務を遂行しなさい」



アンドロイドが自由を求めたあの事件から、世界は大きく変わった。
旧アンドロイド法は改正され、アンドロイドを所有物ではなく個人であると認めた。
基本的人権をもち、法を犯せば裁かれるようになった。
種族として認められたため、それを生み出すサイバーライフは国からの要請や変異体たちとの交渉の末、製造工場の一部を明け渡し、新しいアンドロイドの生産も細々と続けつつ、今ではアンドロイドをサポートする医療機関のような役割になりつつある。

なぜ新しいアンドロイドの生産を人間がやめないのか?
それは、あの一件でリコールを推し進めてしまったが故に人間の生活が破綻したからだ。

それならばジェリコは?
彼らはさらなる平等の実現のため、居住区を作りマーカスというリーダーを軸に活動を行なっている。
彼らが要求する権利は少しずつ認められつつあり、いずれは本当に自由で平等な生活ができるようになるだろう。

そういえばマーカスといえば。
リコールセンターの前でバリケードを築き、苦難に耐えて希望を待つ歌を歌ったのはあまりにも有名だ。
今でもテレビ番組には引っ張りだこで、アンドロイドの権利問題を話題にするときは必ずそのシーンが入れられる。
その一端で、変異体事件を解決するという任務を担いながら変異体となり、サイバーライフに格納されていた数千体のアンドロイドを解放し引き連れたのが、目の前の彼。
今はハンク・アンダーソン警部補の良き相棒、そしてRK800プロトタイプ、「コナー」だという。

「初の現場はどうでしたか?」

前置きが少し長くなってしまった。
またまた場所はカフェテリアのスタンディングテーブル。同僚としてお話ししたいことが、と彼に呼ばれ、コーヒーでも?と勧められてやってきたのがここだ。
(ニールは座っていたデスクから無感情にちらりとこちらを見やって、すぐにディスプレイに視線を戻しただけで、何も言わなかった。実はあれから全く口を聞いていない。打ち解ける気がないならこっちもそれまでだ)

「リード刑事に連れて行かれたと聞いたので、心配で」
「ひどいことはされなかったので...解決もできたし大丈夫ですよ」
「報告を聞きました。殴りかかって来た暴漢を制圧して逮捕したと。ファウラー警部も評価していました」

ファウラー警部、報告書を送ったら素っ気ない返事しか返ってこなかったし無謀なことはするなというお叱りしかもらえなかったのに...。
まあいい、あの事件は示談になったし、一旦は解決したのだ。

「慣れないことも多いでしょうし、何かあれば私やハンクを頼ってください。必ず力になります」
「あ...ありがとう、ございます」

ニコニコと人の良い笑顔を浮かべてウィンクまでくれる彼は、とてもじゃないがアンドロイドを引き連れて革命を起こしたとは思えない。犯罪でも何事でもあんな良い人が...なんてこともあるので、信用はできない感覚だけれど。
それよりも、である。

「それで、コナーさんの話したいことって?」

話の続きを勧めれば、コナーさんが気まずげに視線を下ろした。

「貴女がニールと名付けた彼ですが」
「アー...」
「弟が不快な思いをさせてしまっているようで」
「......んんん」
「RK900は私のアップグレードモデルです。弟と呼んでも遜色はないかと。リード刑事のナインもその位置付けには納得しています」
「いや、そこではなく...」

迷惑を、と言った。
たしかに新しい職場から訳のわからないアンドロイドをつけられて、望む環境はもらえてない。
正論で追及されてついカッとなって、言い返してビンタまで食らわせて今はケンカ状態だけど...。予期せぬお兄さんの登場に、一気に頭が冷えた。
大人になれ私。よくわかってるじゃないか、今の状態が意地の一方的な張り合いであるということくらい。

「私も悪いところがあったと思ってるので...一概に迷惑とは...」

それを素直に言うのも恥ずかしく言葉を濁す。
私を心配げに見るコナーさんは、ですが...と続けた。

「貴女のストレス値はしばらく一定でした。それが一気に上がったのは、初日にRK900を見たとき、それと先日負傷した頬の治療から帰ってきた際の二度。二度目からはかなり高い値をキープしている。RK900...ニールがあなたに負担をかけているのは明白です」
「う...」

別の意味でキリキリとしだした胃を抑えて笑えば、体調にも支障がありますね、と指摘された。

「...RK900は、ソーシャルモジュールの感度・出力がともに低く設定されています。私は社会に溶け込みやすいように擬似感情の振り幅や感受性が高く設定してあったため、その辺りを反省したデザイナーが“変異”に繋げないよう対策したんでしょう」
「変異に...」
「それでも変異する場合はありますが」

チラリ、とコナーさんが見るのは、リード刑事のデスク。脚をどーんとデスクに乗せて手元の端末で何かしているリード刑事をじとりと嗜めるように睨みつけて何かを言っているのは彼のRK900...ナインさん。そういえば、この前の捜査で一緒だったが、全く接点がなかった。
視線の意味からして、きっと彼は変異しているのだろう。

「...そのう、何か接し方のコツとかあります?」
「コツ?」
「私...アンドロイドとこんなに長く一緒にいるのが久々でよく思い出せなくて」

このままずっと仕事を続けていける気がしないのも事実。
相手が変わらないなら、私が変わるしかないのだ。
縋るような気持ちでコナーさんに尋ねれば、チカチカと黄色に光るLED。そしてややあって、あまり明るくない表情で口を開く。

「ナインが派遣された際は私のすぐ後で、RK900システムのバージョンが初期モデルでした。ニールが派遣されたのは貴女が着任する3日前です」
「私の配属に合わせてやって来た?」
「そうです。私もナインも何度かサイバーライフ訪れ定期メンテナンスを受けていますが、前回メンテナンスではRK900システムのアップデートがあった」

チカチカ瞬く黄色のLED。ナインさんの方を見れば、リード刑事にまだ何か言い聞かせながら、目だけがこちらを向いて、コナーさんと同じくLEDが黄色に輝いて点滅していた。

「ナインは変異しているので、その辺りのアップデートを弾いて通常メンテナンスのみを受けて帰って来たそうです。アップデートの内容はソーシャルモジュールの改良とコミュニケーションツールのファイアウォール強化。メンテナンスは貴女の着任4日前に行われました」
「つまり?」
「ニールは初期機能としてそのアップデートが搭載されて稼働した初めての機体です。派遣初期のナインよりも口下手、冷静、頑固。かなりの改善を積んでいます」
「要するに...コナーさんにもナインさんにも接し方がイマイチ?」
「...そういうことになりますね」
「ははは...」

ハァ、ゴン。解決策でもあるのかと思いきや、である。ため息とともに机に頭を打ち付けてがっくりすれば、コナーさんが躊躇いがちに貴女は、と口を開いた。

「貴女はとてもいい人だ。学ぼうという意欲があるし、仕事への熱意もある。私は好きですよ」
「あ、ありがとう...?」
「...実を言うと、人間の後輩が出来るのは初めてで、少し嬉しいんです」
「にんげんの、こうはい...」
「だから、ぜひ頼りにしてください」
「はい...」

はにかみながら笑うコナーさん。ニールと顔はそっくりだし身長も同じくらいなのに、こうも全く違う印象なのはなぜだろうか。あ、ソーシャルモジュールとそう言うデザインか。

「おいコナー」
「警部補?」
「みょうじもいたか。お前も来い」

ニールを連れたアンダーソン警部補に招かれ、やってきたのは仕切りで分けられた会議室。
小さめにされた部屋に入れば、目を泣き腫らしたアンドロイドの男の子がちょこんと座っていた。

「今しがた来た。なんでも父親が拐われたって言いにだ」
「きっと拐われたんだ!連れてかれて、殺されちゃうかもしれないんだ!助けて、助けてよおじさん...!」
「おい落ち着け!聞いてやるから、な?」

安心させるように視線を合わせ、頭を乱暴にかきまぜられた男の子は、落ち着けと言われてひぐひぐと呼吸を痙攣らせながらも何度も頷く。

「新人指導で俺たちお前らが一緒に担当する出動案件があったんだが...」
「この男の子がやってきた?」
「...ああ、まだハッキリしないが無視するわけにもいかんからな。同時進行になっちまうが」

子供の頭をガシガシと撫でつけながら、困った顔の警部補。その下から上目遣いで私を見る男の子は、どう見ても放って置けない状況にいるようだ。

「...私が受けます」
「すまん、頼んだ。どうにもこのくらいのガキは苦手でな」

苦手、という割に子供に対する姿勢はとても優しい。
何か訳ありだと触れないことにして、私はしっかりと頷いた。

「しかしアンドロイドだと福祉局も対応してくれないですし...現場を連れまわすわけにも...」
「そうさなあ、しばらく誰かつけられたらいいんだが...」
「みょうじ刑事。先日のPL600と連絡取ることをお勧めします」

突然、ニールが口を開く。先日のPL600型といえば、あのレストランの暴行事件の被害者の一人。
名前はアーロン。
手を貸した彼は、代わりに一発受けた私のことを大いに心配してくれた。調書作成のあとに手当てされた私を見て、今にも泣きそうに両手を握って「僕にできることならなんでも相談してくれ!」と連絡先を私に渡して帰って行ったんだっけ。

「そいつがどうした?」
「彼がみょうじ刑事の頼みを聞いてくれる可能性は高いかと。PL600は家事用アンドロイドとして子供の相手にも最適です」
カタログを説明するかのようなニールの無機質な説明に、アンダーソン警部補は苦く笑った。

「...使えるコネは使っとけ、みょうじ」
「...電話します」

通話はワンコールで繋がり、嬉しそうな声が端末から聞こえる。事情を話せばアーロンはすぐに行くよ、という返事をくれた。
...解決法が見つかったのはいいが、どうも踊らされてる気がしてならない。ちょうむかつく。
そんな気持ちが表情に漏れ出ていたのか、アンダーソン警部補は背中をバシバシと叩きながら気持ちはわかるぜ、と慰めてくれた。

「俺もコイツが来た時はそんな気持ちだった」

だから気にすんな、と言われても。
警部補とコナーさんは先に行くと会議室を出て行き、私とニールと男の子だけが残される。
アンドロイドでも子供って敏感だから、きっとこの気まずさにも気づいてるんだろう。
不安にさせるのはよくないだろうし、と私はしゃがんで目線を合わせた。

「じゃあ...私はなまえ。君の名前は?」


(ソフトウェアの異常:???)
(なまえ:緊張)


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