DBH | ナノ


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『隠れろ、いいな、出てくるなよ』

いやだよ、待って。縋りつく私の手はまだ小さく、力が足りなかった。もっとあの時、私が強く引き留めていれば。私に勇気があれば。
ただ、戻ってくるからという言葉を妄信して疑いもしなかった。

『妹に手を出すな!』
『なんだこのっ、クソガキ!』

クローゼットの中から、大男にお兄ちゃんがとびかかっていくのが見えた。
しばらく揉みあっていた二人は、あの男をお兄ちゃんが突き飛ばしたことで足場を崩し、階段から転げ落ちてーーー。



新しい職場、新しい仲間。
昇進の辞令が下ったときは、舞い上がって喜んだ。
やっと、やっと試験に受かったのだ!
ついに今日が、夢だった刑事になるの日なのだ!
デトロイト市警本部の駐車場に愛車を停めた私は、逸る気持ちを抑えつつ、ドアをくぐった。

たくさんの人が出入りする中、受付へと進む。
受付のアンドロイドがにこりと愛想笑いを浮かべた。

「ご用件は?」
「今日からこちらに配属になったみょうじです」
「少々お待ちを」

きゅるり、とLEDがまわり、アンドロイドが瞬きをひとつ、ふたつ。
左胸に名札があり、名前はミラと書かれていた。

「おまたせしました。どうぞお通りください」
「ありがとう、ミラ」

アンドロイドがキョトンとしたあと、さっきの愛想笑いとは違ってはにかみながら笑ってくれた。
ここは、きっと楽しく仕事ができそうだ。
セキュリティを通って、オフィスに入る。

「ファウラー警部」
「ああ、来たか。みょうじだな」

入り口で待っている、という指示通り、警部はオフィスに入ってすぐに立っていた。
声をかければニッコリと人の良い笑顔で握手をしてくれる。

「はい、警部」
「みんな少し聞いてくれ!今日から着任するみょうじ捜査官だ」

オフィスにいる全員の注意を、手を叩いた警部が集めて紹介をしてくれる。
一斉に何事かと向いた目が、私に注がれた。

「みょうじ、君のデスクはあそこだ。わからないことがあれば皆に聞け」
「はい」
「君のパワフルさは噂に聞いてるよ。期待してるぞ」
「ありがとうございます!」
「それと、一つ話がある」

ナイン、と警部が呼べば、ツカツカとこちらへやってくる人...いや、あれはアンドロイドか。袖や胸に青く光る模様が入った服を着た男性型アンドロイドは、迷うことなく警部の横に立って私を見下ろした。

「サイバーライフから派遣されたコナーモデルRK900、名前は未登録です」

よく知っている。アンドロイドの革命直後から警察に投入された最新型のアンドロイド。幾度か刑事が連れて現場にやってくるのは見たことがある。
しかしこんなに近くで見るのは初めてだ。
整った顔(アンドロイドはみんなそうだ)、きっちりと首元まで閉まった制服(清潔感があっていい)、そして...大きな背丈。
これだけは...すこし“ダメ”だ。

「...どうも、よろしく」
「よろしくお願いします、みょうじ捜査官」

そう思った瞬間、手が震える。
礼儀として握手を求めたが、震えが相手に伝わってないといいけど。

「君にはこのRK900と組んで一緒に仕事をしてほしい」
「え?」
「新人と組ませるのはどこの署でも初めての試みだが、データが必要だと言われてな」
「いえっあのそんな、」
「君なら上手くやれると信じてるよ」

ぽん、と背中を叩いた警部はニコニコしながら署長室へと帰っていった。
そんな、私は、ベテランの刑事から捜査を学びたかったのに。新しい環境にワクワクした気持ちは一気に萎び、目の前が真っ暗になったような気がした。

「みょうじ捜査官、名前の登録を求めます」
「な、まえ...」

どこからかゲラゲラと下品な笑い声が聞こえてそちらを見れば、刑事の一人が私の方を見ながら大爆笑している。
その彼の横には残念なものを見る目で爆笑する刑事を見るRK900の姿。
同型機をパートナーにしてるのに、彼に助けてくれる気は無さそうだ。ひどい。

「と、とりあえずデスクに行ってから考えても...?」
「了解しました」

デスクへ向かう私の後ろを、RK900がまたぴったりとくっついてくる。白髪の刑事(視線はすっかりデスクワークに向かっていた)(名前はアンダーソン警部補...)とRK800と書かれたアンドロイド(RK900の前世代機だろうか?なぜか心配そうに私を見つめていた)の横を抜け、すぐ隣の小島の空いたデスクが私の席。

「それで、名前ですが」
「うう、はい...考えます...」

初仕事はアンドロイドに名前をつけること。微動だにしないアンドロイドの顔を見て、相棒の話をまた反芻して荷物を置いた手で頭を抱える。経験もなにもないのに、どうしろって。
前言撤回。
かなり、やりづらい生活が待ってそうだ。
アイスブルーの視覚ユニットが、一回だけ瞬いた。


(ソフトウェアの異常:??)
(??:??)






(20190927 一部修正)

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