into the woods | ナノ




◎本編前のおはなし


「おい、それ」

薬草について知っておいて悪いことはない。故郷にいたときもそうだったし、HLでも生傷は絶えないし役に立たないことはないだろう。そう思ってクラウスさんに選んでもらった蔵書を借りて、薬草を作りながらウンウン唸りながら勉強に励んでいたときだった。

「これあれだろ、切り傷にいいやつ」
「...」
「こっちはすり潰して火傷につけるといいやつ」
「...」
「んでこっちは...っておい、思考停止すんじゃねえ」

ふらふらと近寄ってきてどっかりとわたしの隣にザップは座る。ソファのスプリングがちょっと嫌な音を立てて顔をしかめて、ちょっかいでもかけにきたのかな、と思っていると、ザップが薬草の一つを手に取り、おもむろに解説を始める。わたしの口は驚きであんぐり。今まで植物なんて興味ないようなそぶりばかりだったのに、まさかザップがそんなこと知ってるなんて。
わたしの頭は混乱で真っ白だ。

「俺だってそんくらい知識はあるわ!敬え!!先輩ザップ様を敬え!!」
「頭の中、お金のこととギャンブルと女の人のことしか詰まってないと思ってた...」「グッ」
「どこで勉強したの?」
「あー?そりゃおめー、あのボロ雑巾ジジイといたときだよ」
「お師匠さん」
「そーだよ。はーおめえお花のくせにこれも知らねえのか...」

置いていた薬草の一本をくるくると回しながら、どこか遠くを見て昔を思い出しているザップは静かだ。お師さんのことをザップが話すのは珍しい。周囲の人たちの話によれば斗流のお師さんはかなりスパルタもスパルタらしいから、ブルーな気分になるのも仕方ないのかもしれない。

「......」

それはそうと静かにしてたらかっこいいんだけどな、と思いながらその顔を眺めていると、視線に気づいたザップは伏目がちの顔から一変して、ニヤリと意地悪そうに笑った。

「どーだ見直したか」
「1センチくらい」
「1センチィ?!何の長さに対してだよ」
「うーんと、ザップの身長?」
「んだと!!」

ギャンギャンと叫ぶザップを軽くあしらいながら、本を閉じる。まさかザップが物知りなんてなあ。ソファの背もたれに寄りかかって天井を仰いでため息つくと、なんでそこでため息なんだよ!との返事。余りにも予想通りすぎて、つい。
「ふふ」
「なんだよ急に気味悪りぃ」
「いやあ」

平和だなって思って。
このまま血界の眷属なんて、現れなければいいのに。この平和な時間が、ずっと続けばいいのに。
そんな無理難題の非現実をぼんやり、考えてみたりした。


わらってくれれば十分さ





prev next