into the woods | ナノ




◎本編開始前のおはなし

「全く!なにが最高傑作かね!」

病院の敷地はとても広い。人が多く集まるエリアは、たくさんの患者さんたちがいる。その騒がしさが心地よいときもあれば、少し嫌なときもある。今日はその嫌な日。前にお散歩して見つけた、端っこの端っこ、そこでお気に入りの本を読んでいると、彼が現れた。

「悲鳴もあげられないような牙狩りなど美しくもない!」

仮面、金髪、痩身。堕落王と呼ばれる男が、目の前に立っている。あまりにキャパオーバーな出来事に、ぽとりと持っていた本をとり落す。

「なんだいその間抜けな面は!いくら世界を破滅させるのが趣味のボクだって街くらい散歩する」

そ、そうですか。失礼しました、と心で呟きながら取り落とした本を拾おうと手を伸ばすと、にゅっと伸びた白い手袋に包まれた手に本が掻っ攫われる。フェムトだ。

「ん〜??何々、“異界の植物入門”?なんだこれは、生っ白くて面白くないものばかり載ってるじゃないか、くだらん。君にはもっとぶっ飛んだヤツのほうがいいんじゃないかね?そう、例えば...」

ページをパラパラとめくり、勝手にイチャモンをつけていたフェムトがふむ、と考え込む。

「そうだな、寄生植物!脳に鼻腔から入り込み脳に着床し育成し意思を持ち相手の意識を乗っ取りさらに己の子孫を増やし軍団化するアレだ!感染し相手を乗っ取れば言語も喋れる、そして地球どころかいくつもの世界を壊しかねないアレ!」

SF映画もかくやという内容にウエッ、と心の声が漏れたのは仕方ないと思う。なにそれ、エイリアンか。

「ただあれは弱点があってね、完全に相手を支配するまでに351年かかる。人間に寄生したってどうせ宿主が先に死ぬ。宿主が死ねばなにもできんしなにも起こらない。長命な種族に寄生したって最近はすぐ見つかってしまう!なんたって最近人間界と結託した異界の医者どもが治療法を見つけてしまったからね!時々は人間も役にたつと言うことだろうが全くもってつまらん!」

その寄生植物、弱点があってよかった。そして治療できるようになって非常に良かった。非常に良かった。
ホッとため息をついて安堵していると、フェムトは穴が空くかと思うほどにじっとこちらを見つめていた。
今度はなんだろう、とぎくりとすれば、ニタリ、と三日月が吊り上がった。
「ふうむ、まあそのこちらの話を真剣に聞きつつも表情がコロコロ変わるのは悪くない」
「?」
「君にはこれを進呈しよう。遠慮するなただの見舞いの品だ、取っておきたまえ」

出されたのは一目でも貴重品だとわかる古い一冊の本。恐る恐る両手で受け取れば、よろしい、とフェムトが怪しく笑う。

「あのクソバカの審美眼はダメだ、性根から歪み崩れ腐れ落ちてる!友人以下の知人だがそんなヤツにここでの多少の暇つぶしになるような連中が醜悪な美術品もどきにされるのは全く腹立たしい!なので、それでも読んでせいぜい励みたまえ」

ヒラリ、と手を振るフェムトに、ぺこりと頭を下げて唇の動きだけでお礼を言う。律儀なやつだな、と鼻を鳴らしたフ堕落王は、それっきり姿を消した。



「ハルさん、何っすかそれ」

ライブラの事務所のソファで、懐かしいようなそうでないような本を読んでいた。入院中、かの堕落王に直々に下賜された、異界の植物の本だ。
レオはギルベルトさんに淹れてもらったコーヒーを差し出して、自分のマグを両手で包みながらとなりに座ってきた。

「ありがとレオ。これ、もらった本なの」
「いいっスよ、集中してたから気になって。へえ〜、ものすごく古そうっすね」
「気前よくくれたから貰っちゃったけど、もしかしたら貴重だったかも...って思ってあんまり開いてなかったんだけど、この前人体バラバラ胞子を撒くやつが現れたでしょ?」
「あれ、グロかったですよね...胞子を吸った瞬間に弾け飛んでまた胞子になる...あれはマジで覚悟しました」
「ツェッドさんが風でまとめてザップが全部高温で燃やしてくれたから、大丈夫だよ...」
「それで、その事件から気になって?」
「うん、いつかまた役立つかなって」

結局この本に載っているほとんどの植物にはまだ出会えていないし、これから出会う機会があるかどうかもわからない。でも、世界はなんでも起こるから。
ペラリ、とページを捲って、また私は読書に耽っていった。





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