into the woods | ナノ




◎本編6と7の間のおはなし

ヤリ部屋の女に追い出された。それはもうどうでもいい理由で、本命が今からくるからだとか。俺はどうすんだよ!と怒鳴ると、帰らないと呪うと言われた。そういやあいつ呪術師のマツエーとか言ってた。俺のマグナムがまた爆破されるのも嫌なので渋々、他の女のとこにも行けずに夜のHLを歩く。

あーあ、モサ童貞陰毛頭のとこでも行って寝るか。

「おーい、クソ陰毛頭ー」

家賃の安い薄い壁のボロアパートのドアを蹴ると、違う場所からウルセー!と罵声が響く。ドアの向こうは無反応のままだ。なんだよレオナルド・ザ・陰毛頭、いねーのかよ。血糸でピッキングしてやろうと思ったが、その前にポンともう一人、寝床を提供してくれるようなやつの顔が浮かんだ。
しょうがない、今夜はそっちに行くか。
踵を返してまた夜のHLに繰り出すと、何回か絡まれたから適当に切り刻んでおいた。機嫌悪いときに絡んできたやつがわるい。

あー眠たい。



まるで音楽ゲームのボタンのように連打されるインターホンに叩き起こされたわたしは、ぼんやりと膜に包まれたような頭でベッドの脇の時計を見る。深夜2時18分。草木も眠る丑三つ時。こんな時間に一体誰だ。文句の一つでも言ってちょっと締めてやろうかなと思いながらベッドから降りる。

「んー...」

ドアの向こうをスコープ越しに確認して、銀色のサラサラヘアーが見えた瞬間、あーザップかー、と思ってしまった。わたしは悪くない。おい開けろウォーキングプラント!とガラ悪く怒鳴るザップはあのままでは絶対に帰らない。HLでは比較的治安この地域を追い出されたくはないし、いいご近所さんたちの迷惑にしないためにも、わたしは諦めてさっさとチェーンと鍵を外した。

「寝てたのか」
「寝てるよ...明日会合だし...」
「アーそういやそんなんあったな」
「ストップ、ここで靴脱いで」
「ハイハイ」

靴を脱ぐザップが同時進行で血糸を伸ばしてチェーンと鍵をかける。普段はクズでサイテーでも、こういうところは結構律儀だ。
夜道は一人で歩くなとか、戸締まりはしっかりしていけとか、そういう気配りはできるのにクズなんだよね。そんな回想に耽っていると、くあ、と大きくあくびをしたザップがズカズカと廊下を進みだした。

「寝る場所くれ」
「ソファ」
「へーへー。あ、シャワー貸せよ」
「どーぞ。タオルは引き出しで、着替えは戸棚」
「ワリィな」

ちっとも悪いと思ってない口調だがな。ふらふらと浴室に向かっていったザップを見送りつつ、とりあえずザップ用のブランケットを引っ張り出す。入院中はともかく、まだツェッドさんやレオがいない間はよく家に入り浸られたから、我が家にはザップのお泊まりセットなるものが置いてあるのだ。使うの久々だし除菌くらい、とスプレーをシュッシュと吹きかけてソファの背に広げておいた。

「ハァー、すっきりした」
「よかったね」

いつもは全裸で寝る派らしいザップはここでは服を着て寝る。
最初に泊めたときに脱ぎだしたから枝で縛って廊下に転がそうとしたら次から着替え一式を持ってきたという話は余談だ。
真っ白なTシャツにグレーの短パンを履いたザップのペタペタという足音が部屋に響く。髪もしっかり乾かしてきたのか、サラサラヘアーはいつもより少し綺麗に見えた。

「なんか飲みモンねーの」
「ホットハニーミルク」
「おめーが飲みたいだけだろ」
「寝たいのに、叩き起こしたのはどこのだれですか」
「わーったよ」

キッチンに立つザップとか、レオとかツェッドさんは想像できないって言うかもしれないが、ザップは意外にも料理できる方だ。
本気出せばできる子だってKKさんも言ってたな、と思っていると、おいできたぞー、とキッチンから声がした。

「ほらよ」

できたホットミルクが入ったマグカップを持って現れたザップは、中身がこぼれないようにそっとソファに座った。

「久々にここ来た」
「来ない方が、ありがたいんだけど」
「飲みモン作ってやったろうが」
「うーん、どうせ朝ごはん、食べて行くんでしょ?」
「おうよ」
「サイテー」

街の喧騒を遠くに聞きながら、ホットミルクを飲む。最初はちょっと熱かったけど、だんだんちょうどいい温度になっていくそれを胃の中にゆっくり流し込む。
胃の中にふんわり広がった甘い温かさは眠気を誘って、さえていた瞼もだんだんと重くなってきた。
空になったマグは朝に洗えばいいや。もう寝ちゃおう。

「ねむ...」
「あー?」
「寝る...おやすみ」

わしゃわしゃと撫で回す手を振り払って、寝室へと向かう。ザップにゆるゆる手を振って挨拶すれば、おう、寝ろよクソガキ、と減らず口が返ってきた。気にしない気にしない。もう寝るんだから。
ドアを閉めてぼふんとベッドに飛び込むと、あっという間に意識は遠くなっていって、ザップが閉まったドアに向かって小さくおやすみハル、と呟いてたなんて、わたしは知らない。



「なんだ、昨日はハルのとこに泊まったのか」

次の日、必然的に一緒にライブラまで行くことになったわたしとザップが現れると、察しのいいスティーブンさんが爽やかに聞いてきた。
昨日の夜中2時すぎにきやがったんですよ、と愚痴をたれると、先に来ていたレオが目をかっぴらいてびっくりして叫び、ツェッドさんは仲間にまで手を出してるんですか...?!とドン引きして。
ザップがソファの間借りを弁解するまで少し修羅場があったことは割愛しておこう。


まばらな夢を






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