into the woods | ナノ




「おはようございまーす...」
「おはよう、って、どうしたの?そんなボロボロで...」

ボロボロの姿で事務所によろよろしながら入ってきたレオナルドは、にへら、と弱々しく笑ってあー、と言いにくそうにつぶやく。

「来る途中にカツアゲにあっちゃって...」
「最近多いな、大丈夫かレオ」

赤く腫れ上がった頬を冷やすタオルをギルベルトさんがすっと渡して、傷の手当てにはいる。

「アパートからここまでの通り道って言ったな。ここら辺で最近のさばってるらしいチンピラか?」
「う、そうなんです...腕を改造してたくさんつけたとかなんとかで、弱そうなやつを捕まえてはボコボコにしてカツアゲしてるみたいで...」
「それはひどいな。さしずめ、少年はこのところのカモにされてるってわけか」
「はっきり言われると悲しくなりますね...」

しょんぼりしながらスティーブンさんと話すレオの姿を見ながら、わたしは目を細めてじっと考える。うーん、かなり許せない。
ここHLでは治安なんてあったものではないので、カツアゲなんて日常茶飯事だ。だから一件一件をとっちめようとかは思わないのだが、被害者はわたしの大切な人。しかも複数回被害にあってたとは知らなかった、とても不甲斐ない。

「ハル、これあげる」
「!これ、それにこいつ...」

いつの間に入ってきたのか、一枚の写真を持ってきたチェインさんが、悶々としていたわたしのとなりに現れる。写真にはレオがカツアゲされる様子が犯人の姿と一緒にバッチリ収められていて、わたしは目を見開いてチェインさんを見た。

「私がやるより、ハルがやりたいかなって」
「うん、ありがとうチェインさん」

さすが、わかってらっしゃる。
小声でヒソヒソ、と話すわたしたちに気づいたらしいスティーブンさんは、ちらりと目配せでゴーサインを送ってきた。今までの二人の会話には詳しい場所や状況がしっかり織り込まれていて、スティーブンさんの聞き出し上手に感謝するしかない。

「あれ...ハルさん?どこ行くんですか?」

ソファから立ち上がったわたしに気がついたレオが、タオルでほっぺたを冷やしながらたずねる。
これから仕返しに、なんていうとそんな危険なこと!と止められるのは分かっているので、笑って適当に理由をつけた。

「用事思い出したから済ませてくる!昼過ぎには戻ってくるよ」
「あ、そうなんですね!いってらっしゃい!」
「いってきます!」

へにゃ、と笑うレオの顔に見送られて、事務所の外に出る。
バタンと閉じた扉の前でひとつ背伸びをして、レオのいってらっしゃいを思い出すとにやけが止まらない。

「よーし、一仕事やりますか!」

レオの笑顔だけでやる気になれるから、わたしはすでに相当重症な気がする。



「ねえ、あなたが最近ここら辺を縄張りにしてるっていうつよーいひと?」

チェインさんの持ってきた写真の異界人はすぐに見つかった。取り巻きに囲まれてぎゃあぎゃあと路地裏で騒ぐ姿は、悪目立ちしすぎていて見つけてくださいと言わんばかり。
その場所にするりと入って正面に立って相手を立てると、チンピラはわたしに目をつけた。

「おう、嬢ちゃん。そうだぜ、俺がここ一番で強い生き物だ!」
「そっか。最近なんだかつまんなくてさ、噂を聞いてここまできたんだ」
「ほほう、そのツマンナイことを解消するのに何をしにきたんだ?」

トントン、とかかとを鳴らして、靴の調子をみる。そこから足を肩幅に開いて相手にファイティングポーズ。

「勝負しよう」

この提案に乗るかどうかは正直賭けだ。しかし相手の目がギラリと光って、興味の色を示した時点でこっちのもの。

「人類のお嬢ちゃんがどんな勝負するってんだ?」
「単純だよ。なんでもありの1対1の喧嘩して戦って、勝った方が今持ってるお金をもらうの。わたしも全力出すから、その改造してくっつけたっていう自慢の腕を全部使ってもいいよ」
「ハァ?!俺に殴り合いで勝てると思ってんのか、お嬢ちゃん!」
「そうだぜ嬢ちゃん、ボス相手にハンデ無しの勝負なんて命いくつあっても足りないぜ?!」

たくさんのバカにする声を聞き流しながら、わたしはさっき引き出して来たばかりのお札の束をちらりと上着のポケットから見せる。
お札の枚数の多さに釘付けになったそいつらは、わかりやすく目の色を変えた。

「どうかな、やってみないとわかんないじゃん」
「強気だな!いいぜ、乗ってやろうじゃねえか。賭けるのはお前の金と俺の金!まあ俺が負けるはずなんてないがなあ!!」

取り巻きが下品に笑い、ボスと呼ばれた異界人が拳を構える。普通だったら相手にしないくらいの状況なのに、こいつも相当器が小さいらしい。
しかしまあ、そこらへんの名を上げ始めたばかりのチンピラなだけある。
ふりかぶられた何本もの腕の軌道はまるで素人で、一応ライブラの戦闘員であるわたしの目にははっきりとそれは見えていた。

「だから、わかんないって言ってるじゃん」

グローブを嵌めた手を一度開いて握りしめ、つぶやく。仕込みはもう、わたしがこいつに話しかけた時点で終わっていた。相手を囲んで動きを封じ込めるように生えた大きな木の幹が、4本。その中央に閉じ込められた異界人は、ナニィ、と大きく叫んだ。

「なんだこの能、ブッ!!」
「ボスゥ!!」

言い終わる前に、幹から生えた瘤が相手を殴る。そのあとのチンピラはされるがままで、死なない程度にわたしの気がすむまで木の幹から膨らむ瘤が相手を殴り続けるだけ。
動きのイメージは制御できない電動マッサージチェアに四面囲まれて叩かれ続けるといったところか。
終わりが来る頃には、取り巻きは恐れをなしたのかもともと虎の威を借る狐の小心者だっただけなのか、散り散りになって逃げていった。

「うーん、信用がないね、あなた」
「グッ...グゥ...」
「それで勝敗だけど、わたしの勝ちってことでいいかな?」

蔦を伸ばして懐を探ると、こいつの財布と一緒に、他にもいくつかお財布が出てくる。それをかき分けていくと、レオの財布がポロリと出て地面に落ちた。目的のものを拾って回収してから、ぐったりした相手を解放する。

「落ちてたお財布は交番に届けないとね、お兄さん」

まあまあ面白かったかな、とあいつらがたむろしていた路地裏を出て、表通りの空気を吸って歩き出す。
拾ったたくさんのお財布は、レオとチンピラの分を残して帰りがけに見かけたロウ警部補に預けた。不審な目をされたけど、何も言わずに遺失物として受け取ってくれた。

「や、ハル」

るんるん気分で歩いていると、重さを感じない程度に存在を希釈したチェインさんがしゃがんだ格好で頭の上からわたしを見下ろしていた。

「お見事にボコボコだったね」
「でしょでしょ」
「えげつないね〜」

異界産のアルコールが混じったショットで飲み比べするのも、かなりえげつないと思うけどな。お酒が飲めないわたしにはあれは到底出来ない諸行だ。

「あ、チェインさん」
「なに〜?」
「ランチ、いきません?気になるお店あるんです」

懐から出したお財布を見せて、ニヤリと笑う。もちろん、レオをカツアゲした許し難いチンピラのお財布だ。同じくニヤリと笑ったチェインさんがぴょん、とわたしの頭から降りてとなりに立った。

「ハルって悪い子だよね〜、意外と」
「えへ」

何が起きて何に巻き込まれるかわからない混沌の街で、いい子にばっかりなんてしてたら生きていけない。それができないレオだから、彼はわたしの中で大切な存在であって、守るべきものでもある。
その日のランチは少し豪華なものにして、すっからかんになったチンピラのお財布は身分証を抜いて捨てた。

「ここで大丈夫かな...」

レオの財布は事務所に戻った後にそっとレオの荷物の中にしまいこむ。
見ていたソニックには「内緒だよ」と告げると、察しのいい音速猿はこくりと一回頷いてどこかに走り去って行ってしまった。


さいわいに必要なもの


「あれ、財布...取られたと思ってたんだけど...うわ!中身もちゃんと入ってる...!」

今日は散々な1日だったはず。なのに帰りがけに訪れた幸運に僕はちょっと舞い上がる。朝方に取り上げられたはずのお財布がしっかりバックパックの中に入っていて、中身も元のままだったのだ。
こんなことってHLで起こるのかな、なんて考えていると、僕と同じく帰る用意をしていたハルさんが事務所に顔を出す。

「レオ、一緒帰ろう」
「あ、今行きます!」

財布を仕舞って、ハルさんの開けているドアをくぐる。
まだ仕事をしているスティーブンさんやクラウスさんに挨拶をしてエレベーターに乗った時、ハルさんが僕の顔をまっすぐに見てふっと笑った。

「何かいいこと、あった?」
「そうなんですよ!財布、中身そのままで戻ってきてて!」
「朝盗られたってやつ?」
「はい!あちこちに分散させてお金は持ってるんですけど、やっぱり財布自体取られると気分落ち込んじゃうから...」

なんでかよくわかんないけど、よかった。そう言うと、ハルさんは相変わらずニコニコ笑って、そうだね、とつぶやいた。





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