into the woods | ナノ




◎本編前のおはなし

「なんで助けた」
『咄嗟だったの』
「そんなになってまでか」
『結果としてザップは助かったし、損失は少なくて済んだはず。こうなって、わたしは悔いはない』
「テンメェ!!」
「ザップ!やめるのだ!」

掴みかかろうとした腕は旦那に止められた。紙に書かれたこのクソガキの言葉がどうにも頭にきてもがき続けるも、旦那の馬鹿力だけはどうにもならなかった。

ぼきり、と下を向いたままのハルが握った鉛筆の芯が折れる。犬女がハルの手を強く握りしめてうつむいたのが見えた。

その音が、余計に頭に来た。



どうにもイライラが収まらず、誰彼構わず八つ当たりをした。たぶん試し斬りもやった。ちょっとすっきりしたあとにも消えない胸の奥のしこりが気持ち悪くて、連日ヤリ部屋に足を運んでいたのは覚えている。酒も浴びるほど飲んだしヤクも決めた気がする。ほとんど覚えてないけど。
そんな日が数週間続いて堕落に堕落を決めていたとき、スターフェイズさんに思いっきり頭を蹴られて目を覚ました。

「ザァーップ、いい加減行ってこい」
「...どこっすか」
「病院だ」
「俺、どこも悪くないっすよォ?」
「ヤクで全部飛んだか?」

喉元にスターフェイズさんの氷がめり込んでいて、身体中が傷だらけなのに気づく。ああ、ヤクで飛んだせいで暴れてたのかと察する。

「ハルと、ちゃんと話してこい」
「ああ〜〜?お花?今喋れないじゃないっすかあいつ」
「それは覚えてるのか...。だからだよ」
「......」
「いずれ解決しなきゃいけないだろ、お前もハルも」

ぼーっとする頭で、解決しなきゃいけないこと、と考える。すると忘れていたはずのモヤモヤがざわりと存在主張を始めて、嫌に吐き気がした。



一人だと逃げるから、とスターフェイズさんも一緒に来ることになった病院で、目当ての病室に行くとそこはもぬけの殻だった。
他のメンバーが持ってきたらしいぬいぐるみや本が無造作に置かれていて、先ほどまではそこにいたという痕跡が残る部屋を見渡したスターフェイズさんは俺のケツをまた蹴って病室から追い出す。

「探してこい」
「イッデェ!!」
「逃げたら減給な」

そんなパワハラじゃないっすか、と反論しようとしたが、減給されて困るのは俺だった。元来た道を戻り、病院の中庭にでる。人気のない場所まできてベンチに座っている姿を見つけたときは、異様に安心した。減給はナシだな、と考えて立ち止まる。ハルの手の中で何かがキラリと光ったのだ。

「(なんつーもん持ってんだアイツ...!)」

光ったのはナイフの刃の部分だった。今は柄を逆手に握ってじっとしているが、握ってない方の手はすでに傷だらけ。目が覚めた時より呪いは強くなっているのか、足元にできた血だまりからは花も草の一本も生えていない。

能力を使えないというのはどんな感覚なんだろうか。
戦うしか能がないしほとんど物心ついた時から仕込まれてきた血法が使えないというのは、想像がつかなかった。

ただ手の平から地面に血の雫が散っていくのを見つめるハルは、手に握ったナイフをそのまま喉に突き立てそうな、暗い表情だった。

「おい」
「!」

開いていた距離を一気に詰めて頭に手を置いて、グシャグシャと髪をかき混ぜるようになでる。
俺の登場に顔をあげて驚いた表情作ったと思うと、フニャ、と笑う。その笑顔にまた胸のモヤっとしたものが膨らんで濃くなった気がした。

「笑うな」
「?」
「笑うなつってんだ」

なんで?と言いたげに笑う顔。周りに心配かけさせまいと貼り付けただろう仮面が気に食わなくて、思わずカッと頭に血が上った。

「無理して笑うんじゃねえ!!泣け!!」

ああ、なんて言えばいいのかわからない。そして伝わらない。もどかしさに苛立ちながら怒鳴りつけると、弱々しい笑顔が凍って、ボロリとハルの片目から大粒の涙がこぼれたのが見えた。

「俺を罵れよ!!悔いがないなんて嘘だろ!!!」
「!!」
「苦しいって言え!押し込めんな!!」

言ってから、気づく。ボロボロと涙を落としながら泣くハルは、一つの声も出さない。そういえば、こいつ、今喋れないんだから、罵れと言われても罵れないのだったか。
こうなったのは俺があの時こいつに庇われたせいなのだ。
泣き続けるハルを見ているとだんだん冷静になってきた。
手に握られたままのナイフをそっと取り、傷ついた方の手を傷が開かないようにとる。

「...悪かった」
「!」
「......今度は、失敗しねえ」

身体を折って、額と額をくっつけてグズグズ泣くハルにそう告げる。言葉が足りないことはわかっていたが、察しがいいこいつはわかっているだろう。
くすぐったそうにもぞもぞしながら泣き続けるハルの顔はグシャグシャで、それを見ていたら胸のしこりはすっかりどこかへ行ってしまっていた。



「ハルが辞める?!」

あの出来事から数ヶ月が経っていた。もうすぐ1年経つのだろうか。お花ちゃんの呪いは一向に解決策が見つからず、声も戻らない。そんなある日にスターフェイズさんから告げられたのは、あいつ自身が出そうとしている進退への答えだった。

「これ以上、ライブラに留まって迷惑をかけたくないそうだ。方法が見つからないなら、リハビリの終了と同時にHLを去ると言っている」
「それでいいンすか!?あいつをあのまま放り出すンすか?!」
「そうとは言ってないだろう、ザップ。我々としてもあの能力を抑える呪いは解明しなければ脅威になる」

カタン、とマグカップが机に置かれる音が、静かな事務所に響く。
一枚の写真が差し出されて、俺はそれを受け取った。タレ目で糸目の、弱っちそうな男の情けない顔の証明写真だ。

「ハルの件は悪いニュースだが、いいニュースもある」

スターフェイズさんからその話を聞いた俺は、あいつのいる場所に行くため事務所を飛び出した。



「ヨォ」

一人でここを訪れるのは初めてだ。
ベッドでおとなしく分厚い本を捲っていたお花ちゃんはパッと顔を上げると、俺の顔を見てあの時のように驚いてみせた。

「お前、ライブラ辞めたいって思ってンのか」

本を閉じたこいつは、俺の質問にゆっくりと頷く。

「今度新入りが入る。そいつが何か知ってるかもしんねェ」
「!」
「だから諦めんな。辞めんな。ここにいろ。今度は失敗しねぇって、言ったろ」

あの時のように、グシャグシャに頭を撫でる。
情けない顔の新入りが何か知っていようが何も知っていなかろうが仲間のために情報は捻り出させる。覚悟しろよ、ジョニー・ランディス。

新入りが来るのは、来週。


ながい夜でも明けるから


20160128 加筆修正
20181004 加筆修正



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