BBB | ナノ


06



「君にとてもとても会いたかったよ。君も、僕に会いたかっただろう?」

みんなには見えない呪いの鎖を掴んだ男が、恋人に向かって囁くようにうっそりと呟いた。ギチギチと絞まっていく戒めは、確実に呼吸をハルさんから取り上げようとしている。

「牙狩りから能力を奪う僕の呪文はどうだったかな。まだ未完成で完全に抑え込むとはいかないけど、結構苦しんだろう?おっと、暴れないでくれ。余計に酸素がなくなって早死するのは君なんだよ」

こんな場所で襲われるなんて想定外だ。なんでこんな時に限ってツェッドさんは席を外すし、ザップさんはいないんだろう。かは、とハルさんの息が溢れる。必死に離れようと足をばたつかせて敵を蹴っていたが、その抵抗もすぐに弱々しくなっていった。

「あのときはかなり僕も削られてねえ。その代わりたくさん見せてもらったけど、そろそろ献体が欲しい頃なんだよ」

献体。その言葉にゾッと背筋が凍る。
早く見極めなければ。男からはノーマークである僕は男の全身を隈なくチェックし、呪いをどこに隠しているのか、鎖はどこから出ているのか必死になって探す。

「これが完成すれば、僕はもっと強くなれる。牙狩りに怯えずとも、不死の完全な存在としていられる...!牙の呪いに狩られた牙狩り。君が記念すべき第1号だよ」

さあ、死ね。振り上げられた腕が死神の釜のように形を変えて。もうだめかもしれないと思ったとき、義眼がある一点に目が行ったのと、急速に近づいてくる銀色と水色に気づくのはほぼ同時だった。

「ザップさん!そこです!!」

視界を転送して、"斬るべき場所"を教えたザップさんは速かった。
男につながっていたハルさんの鎖を、焔丸で腕ごと素早く切り落として術式を燃やし、ツェッドさんが風を巻き起こしてハルさんと男を引き剥がす。二人の連携は普段喧嘩をしているとは思えないくらい完璧だった。

「お花、無事かよ!」
「遅くなりました...!」

血でできた太刀と三叉槍が、血界の眷属を薙ぎはらう。転がってきたハルさんを受け止めた僕は、彼女の全身に纏わりついていた鎖が空気に溶けていくのを見た。

「呪いが解けた...!?ハルさん、ハルさんしっかり!!」
「くそ...僕の...返せ...僕の作品を、返せ!!!」

ザップさんとツェッドさんの間をすり抜けて、激昂した血界の眷属の攻撃が向かってくる。腰が抜けて、逃げようにも逃げられない。やばい、死ぬかもと覚悟したその時。
メキメキ、と何かが裂ける異様な音が、頭を庇っていた鼓膜を揺らして目を開ける。そこでは、蹲っていたはずのハルさんが、地面に両手をついてまっすぐと前を向いていた。

「え...?」

ハルさんがついた手から流す血が太い枝が外形を作り上げ、細い枝が次々と複雑に絡まり合いってバリケードが出来上がっていく。あの映像で見たよりも、遥かに上回るスピードで。瞬き一つの間で完成したバリケードはしっかりと攻撃を受け止め、一つのほころびもないくらい頑丈だった。

「レ、オ、」

初めて聞く、確かめるような声が僕を呼ぶ。
すこし掠れた声は、たしかに今、レオと言った。

「レオ、」
「は、はい!」

もう一度名前を呼ばれて、ドキンと心臓が跳ねる。
僕の方を見たハルさんが、緊迫した状況が嘘のようにふんわりと笑う。今の声は、ハルさんなのか。喋れるようになったんだ、とか、喜びたい気持ちもあるが、その表情に拍子抜けしてしまった僕は固まってしまった。
おもむろに、ハルさんは地面についていた片手をあげて、僕の耳の上に、能力で咲かせた青色の花を一輪、髪飾りのようにさし込んだ。

「は...?」

僕の方を見て笑っている間も、枝は絶え間なく襲ってくる攻撃を受け続けている。バリケードが壊れるんじゃないかとヒヤヒヤしていると、突如として敵が立っている場所から大きな枝が轟音を立てながら生え、血界の眷属を串刺しにして巻きついて、その動きを止めた。
まさか。あの窒息しかけた状況で、技の仕込みをしていたのだろうか。串刺しの敵をみてからハルさんに目をやると、ふんわりした笑顔はとっくに消えていて、残っていたのは好戦的な目だけだった。

「何ッ?!」
「ナイス!やるじゃねえかお花ちゃん!!」
「行きます!!」

大きな枝に縛り付けられた血界の眷属は、斗流血法の兄弟弟子によって腕と足を切り落とされていく。再生力はそこまでないのか、斬られた血界の眷属は今までに見てきた上位存在よりはかなり再生が遅い。

「必ず、お前は、倒す」

それは声は小さいが、しっかりと彼女の怒りが籠った声だった。
バリケードだった枝が次々と獲物に向かって伸びていき、その一本一本が血界の眷属に突き刺さっていく。再生しかかっていた腕や足も同じように串刺しにしながら無数の枝が覆っていって、いつしか男の姿は全く見えなくなっていく。

「おーおー、こりゃもう終わりだな」
「?どういうことです?」
「あいつ、お花ちゃんを本気にさせやがった」

これ以上の手出し無用と判断したのか、ザップさんが焔丸の切っ先を降ろす。いたずらっ子のようにニヤリと笑ったハルさんは、枝の一本を握ると、更に出血を促すよう掌を切り裂いた。

「ホラ、言うだろ?普段おとなしい奴ほど、怒らせるとおそろしいってな」

血の供給が多くなった植物は、枝がどんどん太くなって、合わさって大きな幹になっていく。
その先の枝が大きく空に枝が向かって腕を広げて、そして、ハルさんが大きく息を吸った。

「芽吹け!!」

その言葉を合図に、上に開いた枝で一気に膨らんだ蕾が、花咲いた。

「わあ...!」

ピンク色の小さな花弁が舞い踊り、吹き抜けてきた風に乗って広がっていく。その幻想的な風景に、先ほどまでの危機を忘れて見入っていると、遠くからライブラのメンバーが駆けつけてくるのが見えた。

「二人とも、怪我はないか!」
「クラウスさん!」

クラウスさんは、僕に怪我がないかを確認してから、技を使って消耗してしまって座り込んでいるハルさんの横に膝をついて容態を見はじめた。まだあまり大きな声が出せないらしいハルさんは、クラウスさんの質問に小さな声でポツポツと返事をしている。

「どうやら、万事解決したようだな」
「みたいねぇ。あら、レオっち、いい髪飾りね」

KKさんが、僕の髪につけられた青色の花を見つけて笑った。すこし恥ずかしくなったけど、不思議と取ろうという気持ちは湧かなかった。

「それにしてもまさか、あんな見え見えの罠に引っかかってくれるたぁね」
「レオ君とハルさんに嘘をつくのが少々心苦しかったんですが...」
「え?!あれ、嘘?!」

ザップさんとツェッドさんの口から告げられる衝撃の真実に、僕が一番驚きの声を上げる。クラウスさんに支えられて立っているハルさんも目を丸くしていて、どうやら知らされてないのは僕たちだけだったらしい。

「奴にとって、危険を冒してでも欲しい"作品"だったんだろうな」

スティーブンさんがもう一度桜の木を見上げて、ポツリと呟く。

「見え見えでも、あんなにリスキーな作戦、さすがスカーフェイスね...いやらしいわあ」
「まあまあKK、終わりよければ全て良し、ってね」

公園は騒然としてきていて、たくさんの人が集まり始めていた。その中には、やっぱり突如として現れた桜の木に見惚れている人たちもいた。戦闘を嗅ぎ受けたポリスーツが集まってくる前に、ここを離れなければいけない。
みんなは人ごみの中に散らばって行って、ハルさんにもまた事務所で、と言いかけたときだった。

「レオ!」

大きな声を出すのはつらいだろうに、ハルさんはしっかりと僕を呼んだ。彼女の隣に立っていたはずのクラウスさんは、すこし離れた場所で車をスタンバイさせているギルベルトさんと一緒に僕らの様子を見守っている。

「護衛、頼んでもいいかな」

いつか交わしたような会話に、自然と頬がゆるむ。

「僕じゃ、逆に守られちゃいますけどね」

僕の髪につけられたままの花をとって、ハルさんの髪につける。
それからさっきは離れてしまった手をつないで、僕らを待っている人たちに向かって走り出すと、ハルさんが小さく呟いた。

「ありがと、レオ」







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