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02



ティータイムの途中、クラウスさんとスティーブンさんは急な呼び出しで席を立ってしまったが、残った僕とハルさんはいろんな話をした(もちろんハルさんは筆談だ)。僕は義眼のこと、家族のこと、最近起こったこと。ハルさんは能力のこと、HLのこと、そして1年の入院生活のこと。
僕がHLに来る前のようにまともに話せる人に会えて嬉しかったのか、お互いのことを話してひと段落つく頃には日も傾いていて、紅茶もすっかりなくなっていた。

「レオっち〜!ハルっちに会ったんだって〜?」

次の朝、会合に出るためライブラに行くと、KKさんがニコニコ笑って僕を迎え入れた。珍しく一人で早く来ていたらしいザップさんは傷だらけでソファにふてぶてしく座っていて、既にクラウスさんに返り討ちされていたらしい。その隣に座ってそうですよ、と返せば、タバコの煙を吐いたザップさんがケッと吐き捨てた。

「あいつ退院したのか」

たしかハルさんは、ザップさんに向けて放たれた呪いをかわりに受けてああなったはず。度し難いクズと言われるザップさんでもそれに思うことがあるのか、少し渋い顔をしていた。

「ザップっち〜、レオっちが先に会ってきたからってヤキモチ?」
「違ェっすよ!!ってえええええ」
「ハル、会合は間に合わないけど、今日ここにあとで顔を出すって言ってましたよ。あと一時間くらいで来るそうです」
「アラほんと?じゃあ退院祝いに食べたいって言ってたドーナツ買って来なきゃね」

ザップさんの頭にすうっと現れたチェインさんから話を聞いたKKさんは、鼻歌さえ歌いだしそうな勢いで事務所を飛び出していった。
そして今日も容赦のない踏みつけ攻撃をかましたチェインさんの方は、何事もなかったかのように次の瞬間にはザップさんから離れたスティーブンさんの側に現れていた。

「見舞いご苦労だったな、チェイン」
「いえ、」
「変わった様子とかはなかったか?」
「はい。あ、でもレオと話せたのが嬉しかったみたいです」
「本当ですか?俺も昨日いっぱい話せて楽しかったんですよ」
「そういえば少年、君たち昨日は随分話し込んで仲良くなったみたいじゃないか」
「テメェ雌犬!!」

ギャンギャンと吠えるザップさんはみんな完全に無視である。
クラウスさんがふと時計を見て、椅子から立ち上がる。

「ハルは一時間後か。KKは10分すれば戻ってくるだろう。それまでにミーティングを終わらせておこう」



きっちり一時間経った頃だった。
コンコンコン、と控えめにドアがノックされる音がして、そうっとドアが開かれる。

「おはよう、ハル」

クラウスさんの声で、様子を見るように入ってきたハルさんは部屋の中をグルリと見渡した。おはよう、とはにかみながら口パクで挨拶を告げた彼女の手には、小さなトートバッグが握られていた。

「ハル様、お待ちしておりました」
「おー、来やがったかお花ちゃんよぉ...」
「お下品な猿は病み上がりの女の子に対しても威嚇しかできないわけ〜?」
「あんだと?!」
「ハルっち〜!退院おめでとう!ようやく復帰かしら」

ザップさんとチェインさんの啀み合いはやっぱり無視して、KKさんは熱烈なハグをプレゼントする。一瞬よろめいたもののなんとか踏みとどまったハルさんは目を白黒させながら、それでも嬉しそうに笑っていた。

「ほら、退院祝い!ずっと食べたいって言ってたでしょ?」
「!」
「おや、それでは紅茶の用意をいたしましょう」
「!!!」
声が出ないというハンデがあるからか、表情は雄弁に語る。
歓喜に満ちた顔でKKさんからのドーナツをもらったハルさんは、ギルベルトさんの紅茶と一緒に小動物のようにそれを頬張る。
様子を静かに見守っていたスティーブンさんとクラウスさんは、ギルベルトさんにもらった紅茶を啜りながら穏やかに笑っていた。

「病院食は飽きたから、いろんなものを食べたいらしい」
「栄養はあってもあんまり美味しいものでもないですしね」

僕自身、HLに来て度々入院するものだから、その食べ物の味はよく知っている。3日でも嫌だった病院食が1年も続けば、それは嫌になるだろうな。...と想像したところで、紅茶のカップを置いたスティーブンさんが手を叩いてみんなの注意を集めた。

「よし、じゃあよく聞いてくれ」

引っ張り出されたのはプロジェクターとスクリーン。
映し出された血界の眷属だと思われる男の情報は、多岐にわたっていた。

「これからしばらくは、通常の業務と並行してハルに呪いをかけた血界の眷属を調査する。尻尾は掴みかけているが、決定打が足りない。前回と違って戦力は少ないがこちらには少年がいる。あのとき取り逃がしたヤツを今度こそ倒すぞ」

チェインさんはいつもの仕事とともに情報収集に出て、KKさんは戦闘まで待機。クラウスさんとスティーブンさんは各方面から報告待ち。同じく待機を言い渡された僕たち3人は、流れから一緒に行動することとなる。

「お花ちゃんと一緒とか、やってらんね〜」
「ザップさん、そのお花ちゃんってなんですか」
「んあ?いつもぽけぽけフワフワしてて頭の中お花畑だからお花ちゃんだよ陰毛頭」
「ザップさんにしてはまだ可愛いネーミングですよね...」
「あんま下品なのつけると姐さんが黙ってなくて...変えられた」
「ああ」

クラウスさんと何かを話しているハルさんの表情は確かほわほわとしていて、いい意味でお花畑っていうのも案外間違ってないような気がする。KKさんに訴えれば、今の陰毛頭っていうニックネーム、変えてもらえないかな...と少しだけ思った。

(まあ、この人僕のは梃子でも変えないだろうな)





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