01
紹介しなければいけないメンバーがいる、と連れてこられたのは、ライブラ事務所の中の一室。クラウスさんが丁寧に世話をしている観葉植物が集まった温室だった。スティーブンさんに連れられて入ったそこは、緑が埋め尽くす、まさに別世界だ。
「いつ見てもすごいですね!」
手入れは全てクラウスさんがやっているというから驚きである。迎えてくれたギルベルトさんは僕らにお辞儀して、すっと奥を示した。
「スティーブン様にレオナルド様、お二人は奥でお待ちですよ」
タイルで覆われた道を辿り、温室の奥へ奥へと進む。異界の植物(もちろん安全なやつ)や、見慣れた植物が入り混じる不思議な光景をかき分けながら向かったのは、少し離れた場所に置いてあるテーブルだった。
「クラウス、連れてきたよ」
クラウスさんが身体を動かしてこちらを振り返ると、テーブルのティーセットを彼と一緒に囲む小さな人の姿が見える。
黒い髪に黒い目、そして病的に白い肌をもつ女の子が、ティーカップを持ってこちらを見ていた。
「む、スティーブン。それからレオナルド君か」
「ハルとの久々のお茶の最中すまないね」
「構わない」
クラウスさんが席を立つのと一緒に、ハルと呼ばれた少女がカップをソーサーに置いて立ち上がった。僕とあまり変わらない背丈の彼女は、僕よりも細い華奢な体型をしているように見えた。
「レオナルドくん、彼女はハル・星咲という」
「ハル、この少年がかの『神々の義眼』を持つレオナルド・ウォッチくんだ」
クラウスさんが僕に彼女を、スティーブンさんが彼女に僕を紹介する。
「よ、よろしくお願いします」
緊張しながら挨拶をして、握手のために差し出された手を握って緩く振ると、ハルさんがにっこりと笑った。細くて白い手だが、ジッポで掌を傷付けて血を出して戦うザップさんのように、切り傷だらけの手だった。
「む」
クラウスさんが唸る。視線は隣に立つハルさんの手に向かっている。見ると、先ほどまでは持っていなかった白い花が一輪だけ握られていた。
「サイネリア...レオナルド君、ハルも君に会えて喜んでいる」
クラウスさんがほわほわと花を飛ばしながらつぶやく。
ハルさんは相変わらずさっきからニコニコ笑っているだけで、そういえば先ほどから一言も発していない。
花を手渡されて、どう反応すればいいのか迷って隣のスティーブンさんを見上げると困惑が伝わったのだろうか。
彼は笑いながら教えてくれた。
「花言葉だ。ハル、それは喜びって意味だろ?」
こくり。ハルさんが頭を上下に振る。
「喋れないんだ。筆談で話す方法もあるが、花言葉も面白いだろ?」
「はあ...。そういえば花、新しいけど摘んできた感じじゃないですよね...?」
「ああ、ハルは花を咲かせられるのだ」
花を咲かせられる。どんなファンシーな能力なんだ、と思ったところでスティーブンさんの補足が入った。
「正確には、植物を芽吹かせる能力だな。使い方によっては対象に植物を植え付けて、生命力を吸い取れる。血界の眷属なら永遠の肥料にできるってとこだな」
再びハルさんを見ると、お手本を示すように右手を開いて、左手の指にちいさくつけた傷から一滴の血を垂らした。
血の雫が手のひらに落ちた瞬間、一輪の花に変わるのは、まるで手品を見ているかのようだった。
「聞いた使い方がえげつないですけど...すごいっすね」
手に咲いた花を差し出されて、受け取る。この花がユリのような形をしている花だということはわかるが、正確な種類や花言葉は知識がない僕にはわからない。
「オトメユリ...この場合は好奇心か」
「少年の眼が、ハルの呪いの突破口になるかもしれないからな」
呪い。突破口。
その言葉に、ぐ、とハルさんが口を結んでこくりと一つ頷く。
神々の義眼を強調して紹介されたのは、このせいだったのか。
「少年、彼女は1年前、血界の眷属に呪いをかけられた。君の目で彼女の呪いを見てやってくれないか」
「わかりました」
ゴーグルをつけて、まぶたを開く。
見えてきたハルさんの身体には、赤い鎖が何重にも巻きついていた。
「全身にあの吸血鬼の赤色をした鎖が見えます...特に喉元に集中してますけど、本当に全身ついてますね...」
僕の言葉を聞いたハルさんが、手を喉元にあてる。何かを思い出すように伏せられた目がついっと上がって、合図するようにスティーブンさんとクラウスさんを交互に見た。
「...続きは紅茶を楽しみながらでいいかな?クラウス」
「ああ、私もハルもそれを望んでいる」
「わ、わわ、」
さっきまで暗い顔をしていたはずなのに、打って変わって柔らかく笑ったハルさんが僕の手を引いて、自分の隣の椅子に座らせる。
おいおいハル、僕のエスコートはなしかい?とからかうスティーブンさんはクラウスさんの隣に座った。円卓だから、必然的に僕はスティーブンさんのとなりだ。
「さて、じゃあ話の続きをしよう」
そう宣言をするのと同時に、ハイティーを携えたギルベルトさんがスッと現れた。
*
なぜ今、ハルさんと僕を引き合わせたのか。それはスティーブンさんから語られた。
「1年前だ。長老級とはいかないが、僕たちは魔術を心得てそいてれなりに手強い相手と戦った。次々飛ばされる呪いに苦戦し、悔しいことに取り逃がした」
ギルベルトさんの用意したアフタヌーンティーを囲みながら、見せられたのはタブレットの動画だった。
カメラに血界の眷属は映らないから、空中から次々と光が放たれる不思議な映像だ。
「ここだ」
受け身を取りきれず転がるザップさんと飛んでくる光の玉の間に、滑り込んだハルさんがバリケードを作る一瞬。壁が間に合わず首あたりに光の玉が当たって弾けて、ハルさんがばたりと倒れた。
「これが最後の一撃だった。呪いをかけ終わって奴は消えた。独自開発なのか、専門家にもお手上げ。唯一残った解除方法は術者本人を殺すか密封することだが、まったく姿が見つからなかった」
倒れた彼女にザップさんが這いずって近づいている光景で映像が止まる。映像から顔を上げると、ちょうどカップを持ち上げて紅茶を啜っていたハルさんと目が合った。
「怪我は回復したが、ハルは呪いで声と同時に能力を抑え付けられた。操れる植物の大きさと状態は良くなってきてはいるが、自力で破れる限界がきた」
ハルさんはあと数日、僕がライブラに入るのが遅かったら、戦力外としてライブラを辞めるつもりだったらしい。
「だがしかし。八方塞がりで諦めかけていたところに少年、君が現れた」
クラウスさんとハルさんが頷く。その目が期待と希望にあふれていて、それが僕に向けられていると思うとかなり気恥ずかしい。
ごまかすように紅茶を名流し込む。
「奴がどこに潜んでいようと、君が見分けられる。大事な戦力のハルを取り戻す、大きな一歩さ。期待してるぞ少年!」
「ゴフッ!」
バン、とスティーブンさんに背中を叩かれて、飲んでいた紅茶が逆流した。
(20150629:タイトル変更)
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