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03



グラエナがついてこいとでも言うように導いたのはポケモンセンターだった。
心なしか頭が暑さでぐらぐらし始めていたので、冷房のきいているであろう建物内に行くことはありがたい。自動ドアをくぐって、ジョーイさんのいるカウンターを過ぎ(髪の毛ほんとにピンクだ、すごい)、グラエナが座ったのはおそらくパソコンの前。

「えーっと」

足元に座ったグラエナをよくやったと存分に撫でまわし、機械の前に立つ。見ればカードをスライドするところがある。もしかして、IDカードを使うのかな。
握ったままだったパスケースから自分のそれを取り出して、読み取り機に通した。

「あ、動いた」

お帰りなさい、というフレーズに若干違和感を覚えながらも接続先を選ぶ画面が出ることに感動する。すごい、本当にポケモンの世界だ。

「マユミのパソコン、オダマキ博士のパソコン……」

慣れない画面に四苦八苦しながら操作していくと、ポケモンボックスが開く。
中にいたポケモンは十数匹で、私がポケモンをしていたころのボックスとは違った。

「(ほんと、ポケモンのことしか覚えてないなあ)」

ここで生きていくには便利だが、偏りすぎだ。
こういうトリップにはたいてい自分を死に追いやった犯人とか、そういうライバル的存在を倒すとかそういう展開がつきもののはずなのに、まず自分が元の世界で死んだかどうかすらわからない。
あるのはここにきてしまったという自覚と、目の前のどうしたらいいかわからない現実だけ。

そっか、指標がないんだ。今のわたし。

先ほどまでむくむくと芽生えていた新しいことに挑戦する意欲は消え失せて、目の前の道がガラガラと崩れていくような気がしていく。状況がそうさせているのかもしれないけど、躁鬱激しいなあ、わたし。

「あら、こんなところにいたのね!」

茫然と画面を見つめていたら、良かった!という声がして我に返る。
人間は本能的に、名前を呼ばれなくても自分が声をかけられたということを見分けられるらしい。
今のは絶対わたしだ。
だれだ、と思ったが、誰であっても覚えてないんだった、そうだった。パソコンの電源を切って慌てて振り返る。

「3日くらい探してたの。ライモンを出ていってなくてよかったわ」

めっちゃ覚えてる人じゃん。覚えてないって言ったの誰だよ、わたしだよ。
背後にいたのは、このライモンシティのジムリーダー、カミツレさん。あの画面のドットで描かれた絵ではなく、本物の。

「ジム戦ぶりね、なまえさん」
「え、あ、あの…」

最後にやったゲームで、確かにジム戦はライモンジムで止まっていた。
なんでそんなとこ反映されてるんだろう。そうじゃなくて。
今カミツレさんの格好はジムで見た衣装ではなく、完全に私服姿。
私服もめっちゃセンスいいなあ。
本日2度目の大きなショックで、わたしの頭はフリーズしている。

「はい、これ。忘れて行っちゃったの気付かなかったかしら?」

嬉しそうなカミツレさんが渡したのは赤い折り畳み式の機械。
これはなんだ、と言わんばかりのわたしの様子に気づいたのか「どうしたの?」と聞かれる始末。

「あっ!ありがとう、ございます…」
「いいえ、いいの。アナタとのバトルは痺れさせてもらったから」

尻すぼみになった言葉に、彼女はパチンとウインクを飛ばして笑顔を浮かべる。
もっとクールでドライなキャラだと思っていた。

そこでわたしはふと気づいた。

今ここで自分を知っている人に出会えたというのは、ジム戦というひと時の間のことでもとてもレアだ。
もしかすると何かを思い出すきっかけをくれるかもしれない。
いろいろぐるぐると頭の中が急回転を始めた時、それじゃあとカミツレさんがその場を去ろうとしたのを目にして、単に暑さにやられていただけだと思っていた頭の後頭部がズキリと痛んだ。

「あの、待ってください!」

本当に咄嗟の行動だった。無意識と言ってもいい。
飛び出した言葉に足を止めたカミツレさんは「なにかしら?」と明るい表情で聞き返す。

「話したいことがあるんです…その、できれば聞いてもらえませんか…?」


さすれば与えられん





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