01:another’s beginning
腕に抱えたチラーミィがみいみいと鳴く声に我にかえると、6番道路の途中に俺は立ち尽くしていた。 急いで震える指で押したライブキャスターの連絡先は自分より幾つか歳が下だが、この件についてよく理解してくれている青年の番号。数コールのあとのもしもし、といういつもどおりの応答に異様に安心した。
「ごめんチェレン、あのさ、今いい?」 『良くなかったら出てないですよ』 「うん、そうだな、ごめん、あのさ」 『...ナマエ、とりあえず落ち着きましょうか?』 「サーセン」
すうはあすうはあ。いくつか深呼吸をして、気分を落ち着けようとするも、ばくばくという心臓は変わらない。
「その、さっき、ホドモエに、なまえが、いて」
沈黙はたっぷり続いた。画面越しの視線が突き刺さる。
『それで?』 「にげました...」 『それで?』 「顔...は見れたけど声は...」 『ずっと定期的に非通知留守電入れ続けてるくせに何やってるんですか?ストーキング?』 「ヤメテ!」
側から見れば全くその通りで反論できないから!
*
自分が死んだ、というのはなんとなく感じていた。原因ははっきりとは覚えていないが、とにかく気付いたら死んでいた、って感じ。真っ暗で冷たい場所で感覚が遠くなっていく。恐怖とか、痛みとか、いろんなものが遠くなっていく中で、得体の知れない何かがぞわりと動く気配がしたのだけは感じた。あの時のことは、正直もう思い出したくはない。
「っは!」
目がさめるなんてことはないと思っていたのに、目が覚めた。悪夢を見たときの嫌な脂汗をびっしょりかいて、自分の存在を確認したのはどこかの寮みたいな場所で、8畳くらいの部屋の壁には3つの二段ベッド。 なんだ、死後の世界ってこんな感じなんだ、とか的はずれなことを考えてたと思う。 枕元には、赤白二色のボール。寝ぼけてたのもあって、特に深くは考えなかったが。
これが、俺の最悪な日々の始まりなんて、思ってもいなかった。
1日目、まずわけもわからずベッドの脇にあった衣装に着替え、仲間のポケモンの解放を呆然と見た。ポケモンはプレイしていたし、すぐにここはプラズマ団だと理解した。自分の手にあるボール−−−チラーミィが入っていた−−−も、ほかのトレーナーから俺が奪ったものだと言う。撤収して食事を取る仲間の自慢話(なんでそんなに声高らかに話せるのか謎だった)や、幹部どもの演説(全然賛同できない)は耳の右から左へと流れていったし、喉を通らなかった。
2日目、昨日の様子をあやしまれた俺は体調が悪いと言ってご誤魔化した。だってまあ、死んだと思ったらここにいたわけだし、まだ状況が飲み込めてるわけでもないからあながち間違ってはいない。仲間は心配してくれて、今日の任務はナシになった。
3日目、まだ体調が戻らないと言った。でもこの言い訳もどこまで続くか。チラーミィのことはすっかり忘れていて、朝方ボールが勝手に開いて飛び蹴りを食らわされた。ごめん、一日中ご飯あげてなかった。最初はこちらを威嚇していたチラーミィは、しおらしく準備をする自分を見て何かおかしいと感じたのか、チラチラとこちらの様子を伺っていた。ごめんな。たぶんおまえが知ってる俺と今の俺は別人だわ。
4日目、もう誤魔化せなかった。だいぶ顔色がいいな!と言われて連れ出された任務で、通りすがるトレーナーのポケモンを奪ってこいと言われた。俺の体感1日目の任務で成果ゼロだったのが響いてるらしい。一緒の部屋で寝起きしている仲間も嬉々としてトレーナーを襲い、ポケモンを取り上げている。 そんな犯罪じみたこと、できない。だって俺、真面目な今まで校則一つも破ったことない人間だぞ? 情けなくも動けなくなり、近くの茂みに見つからないよう隠れてどうするべきなのか迷っていると、また勝手にチラーミィがボールから出てきた。
「あっ!おい!」 「ミィ!」
一声鳴いたチラーミィが茂みを超えて出て行って、逃げられたと絶望した。どうするんだよ、これじゃもう何もできない。もういっそここから消えて遠くに逃げるか、と考えていると、またガサガサと音がした。
「ミ!」 「...なんで戻ってきたし」
さっき逃げたと思ったチラーミィが、きりりと目を吊りあがらせながら球体を差し出す。これは、モンスターボール。中に入っているのは...コロモリ!
「ど、どうしたんだこれ...?」 「ミ、ミミ!」 「...もしかしてお前が奪ってきたとか?」 「ミィ!」
こっくり。まじでか、と思わず声が出た。情けないことに、俺は人から奪ったポケモンにプラズマ団としての活動を“自主的に”手伝われていた。 涙が出るほど安心したけど。 おかげさまで、俺は上司に怒られることもなく、そしてなんとなく、今いる場所を失わないためだけに、仄暗い道へと一歩を踏み出した。
明けない夜への懺悔
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