pkmn | ナノ


09




昨日はすこし、いやかなり疲れてしまった。
気づけばポケモンたちのミュージカルの会場にいたり、ジムリーダーたちと知り合いになったり既に知り合いだったり。

「おはよう、なまえ」
「おはよう、みんな」
「朝飯できてるぞー!」
「ポッド、走らないでください!」
「えっまじでか」

美味しい夕食を食べてぐっすり眠って起きたわたしは全快なのに、周囲は記憶喪失という症状にすっかり過保護気味だった。

「今日はおとなしくしていてください」

何もしないで人の家でだらけるような図太さはわたしにはない。起きて支度をして部屋を出るとすぐに用意されていた朝食を、気まずさを感じながら食べ(めちゃめちゃ美味しかったけど)お皿くらい洗わなきゃ、とシンクに持って行ったところでコーンにそれをまるっと奪われてしまった。

「お皿くらい自分で...」
「なまえはじっとしててください。一応病み上がりでしょう」
「一応って...でもさ、見ての通りピンピンしてるしお手伝いくらい...」
「なまえ」
「.........わかった」

コーンの睨みに負けてとぼとぼリビングに戻ると、デントが淹れたての紅茶を差し出してくる。心配してるんだよ、と苦笑いを入れて言われると、もうなにも言い返せなかった。

「ゆっくりするのも大切だよ」

ソファに座ったわたしの周りには、三つ子の三猿とうちのグラエナが集まってきた。わいわいと賑やかにしてじゃれる4匹は、時折わたしの顔を覗き込んで大丈夫?とでも言うように首をかしげた。
その頭を順番に撫でてやればきゃっきゃっと嬉しそうな鳴き声があがり、また遊びに戻っていく。

「これからどうするかなんて、いままで忙しくしてたんだし少し落ち着いて考えたらいいんだよ」
「そうなのかなあ」
「できる限り、なまえのやりたいことも付き合うしなッ!」

ドスン、とわたしの隣に腰をおろしたポッドに、みんなで遊んでいたバオップが輪を抜けて飛び移る。
昨日の夕食の席で話した限り、わたしはいろんな地方を飛び回って旅をしていたらしい。
バッグに入っていたジムバッジのケースは様々で、ライブキャスターの連絡先もいろんな名前が入っていた。

「今日やりたいこととか、ほしいものとかはないんですか?」

手を拭きながらキッチンから出てきたコーンに、ヒヤップが。お茶を淹れ終えてカップをそれぞれの前に置いたデントにヤナップが。残ったグラエナはソファにゆっくりと乗って、わたしの膝に頭を乗せて伏せの格好をとった。

「うーん、ええっと...」

バトルでもなんでもいいよ、と優しく言うデント。食べたいものとかないか?と笑うポッド。ショッピングでも行きますか?とお誘いしてくるコーン。
どうしてもそういう"普通"の欲求は湧かなくて、昨日資料を読んでからずっとぐるぐると頭の中に引っかかっていたことが、ついついポロリと口をついて出た。

「わたしにバッフロンぶつけてきたプラズマ団って、会えるかな?」

ガチン、と空気が凍る。まずったな、と思うのは仕方がない。

「会ってどうするつもりです!!」
「いや、落ちついて、」
「プラズマ団に入るとか言わないよね?!」
「言うわけ、」
「アホかッ!昨日の今日だろッ!!」
「ごめんってば!!」

ドタバタと騒ぎ出したわたしたちを横目に、グラエナが大きなあくびをしてあきれていたことなんてわたしはしらない。
そして、部屋に置き去りにしてきたライブキャスターが、知らない番号によってチカチカと点滅していたことも、わたしは知らないのである。

.
.
.


また、電話に出てもらえなかった。
ライブキャスターの通信終了ボタンを押して俯くと、チラーミィのつぶらな瞳と目があう。プラズマ団に居たあのときからずっと相棒のこいつは、心配げにみい、と一言鳴いた。大丈夫だ、と笑いかけるも、引きつった口元で安心させることには失敗した。

「そうだよな、まあ、非通知だし」

発信履歴はすべて彼女の名前で埋まっている。着信は一件もない。そんな画面に自嘲しながら、今日もライブキャスターをカバンに仕舞った。

「さ!今日もバトルするぞ!」
「ミ!」
「気合い入れろよ、今日は大事なバトルなんだから!」
「ミミ!」
「ちゃんと生きて、少しでも全うになれたら、顔を見て謝りに行こう」
「ミィ!」

全う、と呼ばれるトレーナーになれる日が来る保証はない。一生謝れないかもしれない。励ますように尻尾を振るチラーミィを連れて、俺はホドモエジムの扉をくぐる。
彼女に追いつくには小さな一歩、いや半歩かもしれない。それでも全うなトレーナーを目指して、必死に生きていくしかないのだ。


.
.
.

「あれ?非通知だ」

ライブキャスターにも非通知番号とかあるのか、と関心しながら画面をみていると、部屋の前で待ってくれていたデントがうーん、と首をひねる。

「知らない番号なら、無視したほうがいいよ」
「うん、そうだね、そうする」
「早くしろよー!」
「遅いですよ!」
「いま行くからー!」

ライブキャスターをバッグに仕舞って、部屋の戸を閉める。いまから夢の跡地に行って、お昼ご飯や日用品の買い物に行くことになったのだ。さて、今日は何が見れて、何かひとつでもわたしは思い出せるのだろうか。


まよいごがふたり







prev next