novel | ナノ


1安と清
「主!」
清光が主を呼ぶとき、声の高さはいつもよりワントーンあがる。大好きだという主の姿を認めるたび、高くなる声は少し不快だ。
「ねえねえ主、このあと暇?」
手合わせの竹刀を放り出して駆け寄った清光に、主も嬉しそうにポツポツと何か話している。どうせまた甘味屋だとか、小間物屋に行く約束だろう。嬉しそうに飛び跳ねながらこっちに戻ってきたから、約束は成立したらしい。
「主も忙しいんだし、邪魔すんなブス」
「ハァ?主は俺のこと邪魔とか言わないしバカ」
「バカはお前だろ」
「自覚ないわけ?サイテー」
僕に話しかけるとき、清光の声の高さは反対に低くなる。そして、悪口もついてくる。
自分を着飾るのが好きな清光のその変化がとても面白くて、僕に対しては本音で喋ってくれているような気がして、とてもくすぐったくてしょうがない。



2燭さに
革手袋に包まれた、力強い手が似合わず繊細な力加減でそっとわたしの手を引く。一歩を踏み出したあとはもう進むだけで、よろけるように前に出た身体は先に進んでいた男に抱きとめられた。
「言ったでしょ、大丈夫だって」
蜂蜜を溶かしたような隻眼が、ゆるりと融解する。
「君を生き物の括りから外すのは、すごく苦しい。でも、僕と来て欲しいんだ」




3現パロ光忠
朝、定期券を忘れて電車に乗り遅れた。職場についたら、持ってくるべき今日が期限の書類も忘れていた。いろんなミスをして、たくさん怒られた。怒られていたら、お昼ご飯も食べ損ねた。お気に入りの文房具も壊れて、とても悲しくなった。残業もして真っ暗の遅い時間になってしまった帰り道、ポツリと雨粒を感じたら大雨になって、ずぶ濡れになった。
「おかえり!今日は光忠特製、オニオンスープだ、よ......」
這々の態で帰り着いた家で、光忠が待っていてくれた。わたしを見るなり琥珀色の目をかっぴらいて、お風呂に押し込まれた。ゆっくり温まって、髪までしっかり乾かして出てくるんだよという声には素直に従った。どんよりした気分で出てくると、そっとテーブルに着くように促される。とても優しい顔をした光忠が、わたしにスープカップを差し出した。
「がんばったね」
スープを一口、二口飲んだときにかけられた言葉に、ぶわりと涙腺が壊れた。




4五虎退
修行に出た五虎退が、もどってきた。うんと力をつけてきたのと同時に、5匹いた子虎は1匹になり、子虎とは呼べない大人になって。五虎退の成長は嬉しいものの、もうあのコロコロした子猫が群がってくるような可愛さは味わえないのか、と少し寂しい気分になった。
そんなわたしの気持ちを感じ取ったのか、虎が前足をちょいちょいと動かす。これは子虎が甘えたい時によくやっていた仕草だ。
「、撫でていいの?」
ぐるる、と喉が鳴る。それに誘われてそっと顎をくすぐると、気持ち良さげに目を細めた虎がもっと、と言うようにのっしりと体重をかけてきて。
「わわ、わわわわ?!」
「あ、あるじさま?!」
一期一振と話していた五虎退が慌てた声を出す。押しつぶされそうになったわたしを引っ張って助け出した五虎退は、すでに泣きそうだった。
「虎さん!前みたいにあるじさまにじゃれたら、あるじさま潰れちゃいます...!」
死因、モフモフ。それはそれで幸せかな...と思った。歌仙にすごく怒られた。




5山姥切国広
ペットは飼い主に似る。それは別に、ペットと飼い主に限ったことではなく、主と刀剣男士も似るらしい。血気盛んな軍人審神者さんのところの刀は、みんな全て研ぎ澄まされた洗練された空気をまとっていた。物事を考えすぎる節がある女子高生審神ちゃんのところの子たちは、みんなで支えあって、戦略を練って慎重に進むおとなしい子たちが多かった。
一方、わたしの本丸では。
決めるときは決めてくれるけど、おっちょこちょいがいっぱいな、少し間抜けな刀が多い。
ごめん、おっちょこちょいなとこ、わたしに似たんだわ。
「おい主、報告書、がっ」
障子を開けて部屋に入ってきた初期刀、山姥切国広が、部屋の中央の畳の目に足を取られて滑る。靴下って意外に畳で滑るよね。フローリングでなくてよかった。ドスンと鈍い音を立ててうつ伏せに倒れた国広の頭は、ちょうどわたしの横。仕事してた文机とか、尖ったところに頭をぶつけなくてよかった。
「大丈夫...?」
「大丈夫、なわけないだろう...」
国広は痛いのと恥ずかしいのでか、ボロ布から見える耳を真っ赤にして顔を覆っていた。

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