ヒソカさんとわたしが出会ったのはちょうどこんな風に星が綺麗な夜だった。
その時のわたしはまるで心がないみたいで、なんだかこの世のすべてがどうでもよかった。
あの夜。
ヒソカさんはわたしを拾った。
流れる星を見て、わたしは星が泣いているように見えた。星たちは、嬉しいのか、悲しいのか、それはわたしにはわからなかったけれど、わたしはそれはそれは嬉しかった。だってわたしをわたしとして認識してくれる人がはじめてできたような気がしたから。
名前をなくしたわたしのことを、ヒソカさんは星と呼んだ。
わたしがあの星たちのように輝いて生きていけるようにと、名前をつけてくれた。
嬉しくて、名前を呼ばれるたびに口元が緩んでしまうのが自分でもよくわかった。
「 …早いなあ 」
「 三回言うのは難しいよね 」
街に買い物に出かけた時、子どもたちが、今日は星が降るらしいと騒いでいたのを耳にした。そういえば、今夜は流星群のピークだ。星が降る。なんてロマンチックなんだろうとわたしは胸を躍らせた。
帰ってすぐにそのことをヒソカさんに伝えると、ヒソカさんはわたしの手をとってにっこり笑って、そのまま、二人で手をつなぎながらいろいろなところを歩いた。
地理が苦手なわたしは歩いている場所がどこなのか、どこへ向かっているのか、全く見当もつかなかった。ヒソカさん、どこへ行くの?まだ夕食の準備もしてないのに。ヒソカさんはああそういえばそうだったねと、適当な店に入り、すでに出来上がっているものをいくつか買ってきた。
本当は君の手料理が食べたいんだけど今日はこれで我慢するから、キミも我慢してね。ヒソカさんは右手でいま買ってきたものを入れた袋を持ち、左手でわたしの手をにぎり、また歩き出した。
日はすっかり落ちていた。
ついたところは忘れもしない、わたしとヒソカさんがはじめて出会った場所。ここ、覚えてる?ヒソカさんが聞く。忘れるわけないですよ、とわたし。
「 それにしても、何をそんなに頑張ってお願いしてるんだい? 」
「 何をお願いしてるか誰かに言ったら、それが叶わなくなるんですよ 」
「 …ふうん 」
そう、ちょうどこんな風に星の綺麗な夜、わたしはあなたにこの場所で拾われたんだ。
それからしばらくは二人でただ星を眺めていた。そして、いまに至る。
ヒソカさんは何をお願いしてるか教えないわたしにちょっとだけ不満そうだった。ふふ、なんて笑ってみれば「 何も面白くないよ 」と、ああやっぱり、拗ねてる。
ヒソカさんとずっと一緒にいれますように
そんなお願いをしてるなんて言ったらあなたは笑いますか?
三回言うには少し長くて、さっきから成功してないんですけれど。
ヒソカさん。わたし、あなたと一緒にいることが、たまに夢なんじゃないかと思うんです。ここはわたしの夢の中なのではないかと思うんです。けれど最近は、もう夢でもいいと思うようになりました。醒めない夢はないと言いますが、この夢が醒めなければわたしはそれでいいのです。だって、夢の中のわたしは、名前の通り星のようにきらきらと輝いて生きているんですから。それは、あなたのおかげなのです。あなたが真っ暗闇の中からわたしを見つけてくれたから、ひとりぼっちの夜からわたしを連れ出してくれたから。
「 ボクの願い事、聞きたい? 」
感傷に浸るわたしをよそにヒソカさんはそう言った。ヒソカさんがお願い事?想像もつかない。
「 言ったら叶わなくなるって、わたしさっき言ったじゃないですか 」
それなのにわたしに話していいんですか?とたずねると、別にボクはお星様にお願いしてるわけじゃないからね、なんて返事がかえってきた。
「 自分の願いは自分で叶えるよ 」
「 ずいぶん自信があるんですね 」
まるでわたしが他力本願みたいな風に言われたのでちょっと悲しくなったけれど(考えてみるとさっきわたしが何を願ったか言わないでしまったことの仕返しだったのかもしれない)(だとするとなんて子どもっぽいんだ、)ヒソカさんの願い事には純粋に興味があった。権力も地位も財産も欲するような人じゃないのは知っているし、それじゃあ、一体。…わからない。
ヒソカさんのお願い事って、なんですか。
「 さっき、キミはボクに自信があるって言ったけど、自信なんてひとつもないんだよ 」
「 そうなんですか?ヒソカさんなら、なんでも叶えられそうな気がするんですけど 」
「 そんなことないさ。ボクはエスパーでもなんでもないし 」
きらり、きらり。星が降る。
ああ、早く言わなきゃわたしの願い事、と思っていたのに、ヒソカさんがわたしを抱きしめたから、驚いて願い事なんて言えなかった。
「 ボクの願い事を叶えるのにはキミが必要なんだよ 」
「 わたしが、ですか 」
耳元で話されるのが妙にくすぐったくて身をよじりたくなる。
わたしが必要ってどういうことなんだろう。世界征服の共犯にですかと冗談を言えばまったくキミはにぶちんだね、ため息をつかれた。
「 ボクはね、キミがボクの側にいてくれればそれでいいんだよ 」
権力も地位も財産も、ボクはそんなもの要らないんだ。
キミがボクの隣で星のように輝いて生きてくれますように。
…それがボクの願い事。
きらり、きらり。星が降る。
わたしは星が泣いているように見えた。星たちは、嬉しいのか、悲しいのか、それはわたしにはわからなかったけれど、わたしはそれはそれは嬉しかった。だってわたしの願い事は、わたしのひとりよがりではなかったのだから。
「 …好きです、ヒソカさん 」
きっと、あの日から、ずっと。
「 うん、ありがとう 」
ヒソカさんはわたしにそっと口付けをしてくれた。
何かが頬に落ちた。なんだろう、星のかけらかもしれない、指先で確認してみると。
わたしは、泣いていた。