7周年/狂気的独占欲 | ナノ

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…月に祈る。
今日はなんだか、気持ちが不安定だったから、縋るように俺は月に静かに祈りを込めた。

しかし…

(ん…なんだ…?)
突然、誰かの視線を感じた俺は祈るのをやめ、顔をあげて注意深くあたりに視線を配った。
こちらを探る様な、視線。

俺は魔力はないが俺は気配には敏感な方である。
特にインキュバスで男を常に漁っているのもあって、人から見られているという視線には敏感なほうだった。

見られている…。視線を感じる。
そう思って警戒していたのに…

「消えた…?」

一瞬で、気配は消え去った。
確かに見られていたと思ったのに。
気配の欠片もなく、あたりは静まりかえっている。

俺の思い過ごしだったか…?
視線を感じ取ったような気がしたのだが、目をこらしてもそこには人はいないし、もう気配もなかった。

俺が気づいて相手があわてて気配をけしたとしても、少しくらいは気配が残っているはずなのに。


 妖精たちは身構えた俺に不思議そうな顔をしている。
小妖精は身体も小さく魔力もないからか、危険な気配には敏感だ。
いつもと違うところがあれば、その姿を現さないくらい、用心深くもある。
その妖精たちが気配を感じなかった…ということは、やはり俺の思い過ごしだったのだろうか。


「妖精のお前らがなにも感じないってことは…、ただの俺の気のせいか…?」

神経を研ぎ澄ませても、一度感じたような気がした気配はない。
やはり俺の気のせいだったかもしれない…。


「確かに気配したような気がしたんだけどな…。獣とかの気配だったのかな…。この森、獣多かったし…」

気のせい…だよな?今は気配は完全にないし…。

「気のせい気のせい…」
妖精たちに気のせいだといっても、一度感じた視線がどうにも気になってしまう。
結局、俺は妖精たちに今日はもう帰るな…と告げて湖からでた。

湖畔に生える木々の根本におかれた衣服と鞄。鞄から布をとりだして簡単に身体をふくとそのまま衣服を羽織る。
塗れたままの水を多く含んだ髪をそのままに、湖を後にしようと湖に背を向け歩き出そうと踏み出した。


そのとき


「待ってくれ…!」

俺以外誰もいないはずのこの場所なのに、声がした。

どくり…と心臓が大きく跳ねる。
一瞬息をすることを忘れるほど、その声は俺にとって衝撃的なもので。
耳に響く甘いな声。
それは俺がよく知る、あいつのこえだった。


「君は…!」

衝動的に身体が声の主から逃げ出そうと走り出していた。

振り返ることなどできない。
その声に振り向いてしまえば、簡単に捕らえられてしまうことがわかったから。
俺は無我夢中で捕まらぬよう足を動かす。

「…っ、」

一瞬、俺の身体は青白い大きな泡のような球体のものに包まれた。
ばち、っと首あたりに痛みが走る。
それは本当に一瞬のことで、幸い足を止めることはなかったけれど。

俺はけして後ろを振り返ることはせず、とにかく捕まらぬよう闇夜の森を走り抜けた。





「…はぁ…はぁ…」
湖からどれくらい離れただろうか。
俺は森の木を背に、荒い呼吸を繰り返していた。
どくんどくん、と鼓動が大きく跳ねる。
こんなに鼓動が大きいのは、なにも走ったからだけじゃない。

あいつがいたからだ。
姿は見えなかった。
だけど、あの声は紛れもない。
ジェイドの声だった。

湖で見られていると感じ取った視線。
あの視線はジェイドのものだったのか。

しばらく追われていないか気配を探ったが、俺を追ってくる気配はなかった。

「追ってきてない…?」
捕まりたくない。
そう思って逃げ出した俺だけど、こうも簡単に逃げ出せるとは思いもよらなかった。
一度この姿を見られたら、絶対にジェイドにまた捕まると思っていたのに。
予想に反し、ジェイドは俺に声をかけようとしただけで必要に追いかけてくることはなかったようだ。

ジェイドが本気を出せば、ジェイドよりも背が低い俺のことなんて簡単に追いつくことができる。
なのに、こうも簡単にジェイドから姿を隠すことができたのは、ジェイドが本気で追ってきていないからだった。

何度も注意深く追われていないか完全に気配がないかを確認し、気配が完全になくなったと判断したところで、俺は安堵感からずるずると木の根にしゃがみこんだ。


「姿…ちゃんと見られていないんだろうか…。それとも…」

俺が思うよりも、ジェイドは俺のことなんて忘れてしまったのだろうか…。
そういえば、ジェイドには恋人がいると言っていた。今はその恋人に夢中だから、昔関係のあった俺のことなんて興味ないのか。

なんにせよ、助かった。


「今まであうことなんかなかったのに…ほんと今日は厄日か…。
っても、もうあうこともないだろ…。俺もしばらくはあの湖に近づかないようにしないと…」


そのとき、俺はジェイドから逃げ出したことにすっかり安堵していた。
だから、気づかなかったんだ。

湖に大切なものを落としてしまったことに。


「…あの子はいったい…つっ…」

ジェイドの様子が少し可笑しかったことに、俺はその時は、気づかなかったんだ。



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