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運命は皮肉にも、俺たちをまた近づけた。
この‘学園’という小さな檻で。
一生会わぬと約束までしたのに…。
あの人は、俺とジェイドが今同じ学園にいると知ったら怒るだろうか…。
あのクソまじめでお偉いあの人のことだ。
実はもう既に俺とジェイドが同じ学園に通っていることなど既にばればれかもしれない。
あんなことがあったジェイドと俺にあの人が監視をつけていないなど考えられないのだから…。
しかしあの人がなにも言ってこないのは…
俺とジェイドが直接接触してないからだろうか
…。
「そうそう、ジェイド様ったらね…」
声を潜めながらも、ジェネの背後にいた親衛隊は顔を赤らめて興奮気味に話を続ける。
俺そっちのけで話しているあたり、ジュネの親衛隊らしいが、実はジェイドが本命なのだろうか。
地面に尻をついてしゃがみ込む俺なんか一瞥もせずに、お喋りに夢中のようだ。
ジュネもジュネで、腕をくんでふんぞり返りながらも、注意は俺から親衛隊の噂話に移っているようだった。
親衛隊の楽しげな歌うような声を小耳いれながら、出会った日のジェイドのことを思い出す。
ジェイドと初めて出会ったのは、今から10年近く前、俺が6つの時だった。
ジェイドは今は色気も魔力も兼ねそろえた、爽やかな美青年であるが、幼い頃は中性的で触れると壊れてしまいそうな儚さがあった。
保護しなければ誰かに壊されてしまいそうな程繊細そうで大人しい美少年。
大人がつい手を出してしまいたくなるほどの、不思議な危うさがあった。
ジェイドの青い瞳は、俺が出会った当初は感情の変化があまりみられない綺麗なガラス玉のようだったし、あまり笑いもしなければ泣きもしない、作り物のような顔をしていた。
綺麗…だけど、まるで生気のない、感情が抜けたような天使の形をした抜け殻のよう。
整いすぎたその顔は、じっと見つめられるとやましいことがあるわけでもないのに、心を見透かされているような落ち着きない気持ちにさせられる。
神秘的で、壊れ物のようにすぐに壊れてしまいそうな危うさがある美少年。
ただ綺麗なだけであったなら、ジェイドはもしかしたらそのまま悪い大人に手込めにされていたかもしれない。
ジェイドはただ綺麗なだけではなく、魔力も並の天使ではかなわないくらい強力な魔力を秘めていた。
その魔力の高さは、5歳の魔力覚醒の時に、成人した天使をも凌ぐ高さだったらしい。
下手に危害を加えようとすれば、逆に返り討ちにされて運が悪ければ消滅させられる…、それほどにジェイドの魔力は強大であった。
神・テオスがその魔力の高さに惚れ込み、将来は自分の下に…と直接ジェイドにいいにくるほどのいれこみようで、幼き頃からジェイドは将来はこの世界の2トップであるテオスの下につくことを約束されたようなものだった。
ジェイドのあまりのたぐいまれなる才能に、それをやっかむものや、幼い子供のジェイドを利用しようとする輩もいた。
なにも、天使だから…といって善人ばかりではない。天使は温厚なものが多いとはいうが、それは昔のことで、実際はプライドが高いものが多く、陰湿なものも多い。
自分より強く地位が上のものがいればやっかむし、時には邪魔者を陥れることだってある。
太古の昔、まだフィルド・グラスがきちんと統治されなかった頃、天使は純粋なものばかりで、争いを嫌い、悪知恵が働く魔族に虐げられてきた時代もあったときく。
そのときに種の数を大きく減らしたとか…。
現在の天使は知恵をつけてきたし、魔族以上に残虐的な天使もいる。
悪魔だから…といって、魔力の低いまだ子供の悪魔を100人消滅させた天使もいるらしい。
おきれいな顔をして、あっさり別の種族を消し去ることもできるし、ジュネ達のように集団で一人を攻撃したりもする。
天使が皆、おきれいな純粋な性格だとは限らないのだ。
俺からしてみれば、天使はただプライドが高くて、自分が気に入らないと思えば排除してしまう…、自分勝手な生き物にしか思えないのだけれど。
ジェイドが魔力覚醒してからは、無謀な同胞にジェイドは命をねらわれたこともあるらしい。
また、年若く魔力覚醒したのだが、その魔力があまりに巨大なせいで幼い頃のジェイドは制御ができずにいた為に、魔力が暴走し、多くの天使を傷つけたこともあったらしい。
いくらこの世界が魔力重視であっても、制御できない魔力はいつ爆発するかわからない恐怖でしかなくて…。
腫れ物扱いされたジェイドは、魔力が制御できるまでは…と辺地である俺の故郷の村、デルルドロに預けられた。
ジェイドが住むことになったのは、デルルドロの村の端小高い丘の上に建てられた屋敷だった。
その屋敷は田舎の村であるデルルドロには不似合いなくらい、大きな屋敷だったのだが、ジェイドが来るまでは空き屋だった。
屋敷の手入れはしているものの、ジェイドがくるまで、そこには誰も棲んではおらず、小さな田舎の村では誰の持ち物だろうか…と少し噂になっていた。
屋敷には、手入れされた庭がある。
綺麗な花々が咲き乱れ、花の精がいつも楽しげに踊っていた。
その見事な庭をみるのが好きで、俺はよく屋敷に忍び込んでは庭で一人遊んだりゆったりと過ごしていた。
『君は…だれ…?天使…?』
ジェイドと俺が初めてあった日。
その日も俺はジェイドの屋敷に忍び込んでいた。
家主であるジェイドに見つかり、勝手に城に忍び込んでいた俺はすぐに逃げだそうとしたのだが…
『逃げなくていいよ…。おいで…。
一緒にしゃべらない?』
『で、でも…俺…勝手に…』
『ふふ…。怒らないよ…。
だからそんなに緊張しないで。
この庭が気に入ったの?何度もきていたよね?』
その当時、ジェイドは俺の緊張をほぐすかのように優しくほほえんでくれた。
背中にはえる真っ白な羽のように綺麗な笑みの天使様。
それまでも天使を見てきたけれど、ジェイドのように綺麗な天使を見るのは初めてで、そのときの俺はジェイドの姿に呆けてしまい、反応が遅れた。
『俺がずっと勝手に忍び込んでいるの、気づいていたの…?』
『うん。
いつも庭で楽しそうに遊んでいたよね。
可愛いなぁ…と思ってみていたんだ。
でも、次第に見ているだけじゃ物足りなくなって今日は声をかけたんだよ…。
ねぇ君はなんていう名前なの?』
『ジ・ジル…』
『ジル…か。綺麗な名前だね。
僕はジェイド。
ジェイド・ル・ドイマンっていうんだ』
『ジェイド…ドイマン…?』
『うん。ジェイドってよんでほしいな…』
ジェイドは、勝手に屋敷に忍び込んだ俺を追い出すことなく、庭に入ることを許可し、俺の話し相手になってくれた。
俺には生まれた時から父親という存在はおらず、母親一人に育てられた。
父親はどこの誰かもわからない。母親はけして誰にも俺の父親が誰かはしゃべらなかった。
田舎の村では、しゃべらないのをいいことにあれこれと本人を無視して勝手に想像し噂をたてる。
俺は母親が一夜の遊びとして悪魔にそそのかされて俺を生んだから父親がいない…だの、別のパートナーがいる男を誘惑し子供を宿した…だの好き勝手噂されていた。
そんな噂がたっている子供だから、村の子供も俺に友好的にしてくれるやつはほぼ皆無だった。
ジェイドが初めてだった。
俺に対し、微笑んでいろいろとしゃべってくれたのは…。
『おいで、ジル。一緒に遊ぼう…』
俺に対しいつも優しく可愛がってくれたジェイド。
年上なのに傲ったところもなく、いつもにこやかに俺を迎えてくれた。
博学で俺が知らないことを沢山教えてくれた。
俺が初めてみたものを親と思う鳥のひなのように、ジェイドになつくのも当然といえば当然で。
ジェイドもジェイドで巨大な魔力の暴走のせいで一人辺地においやられ、一人不安だったのかもしれない。
俺たちはまるで今までの寂しさを埋め合うかのようにお互いがお互いを必要としあい、急速なスピードで仲を深めていった。
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