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『ねぇ、ジル。ジルは僕のこと好きだよね?』
綺麗な青い瞳が心許なく揺れる。
蜂蜜を溶かしたような綺麗な金髪のサラサラした髪に、澄んだ海よりも深い青い瞳。
吸い込まれるような、深い青い瞳に輝く金の髪色。顔のつくりは芸術品のように絶妙なバランスで配置されている。
神・テオスをも気に入り一目おかれるその容貌。
久しぶりにみるその見事な色合いと幼い顔に、これは夢なのだと知る。
『君は天使なの…?とても綺麗だ…』
夢の中のあいつはうっとりと目を細めながら、俺に向かって言った。
美しく、でも精神がガラスのように危い天使様。
俺がインキュバスの血が目覚めていなかった頃、まだいい‘友達’であったそいつは、俺のことをよく自分と同じ天使だと言っていた。
綺麗な綺麗な、汚れもない純粋なかわいい天使だと。
この世界では、基本、闇の力を使う種族の髪色は黒、光の力を使う種族が金である。
しかし、まれに例外もある。
俺のように。
俺本来の瞳は灰色で、髪は銀であり、一見でどっち種族かはわからない。インキュバスの特徴であるしっぽも普段は隠している。
俺のようにどちらの種族かわからないものもいれば、黒髪の天使、金髪の悪魔もいるらしい。
なかには緑や藍色、赤毛の種族もいるそうだ。
親の遺伝もあったりするけど、きちんと自分の種族がわかるのは、魔力覚醒してから、らしい。
魔力が覚醒すると、種族特有の姿になれたり、その種特有の体質になったりする。
たとえば、天使と悪魔のハーフだったりすると、悪魔の血を濃く引き継げば、子供は黒髪になる場合が多く、羽も黒になり、魔法も闇魔法を使う。種族も片親が天使でも悪魔の血が多く特徴が大きくでれば、そのもとは悪魔となる。
性格もどちらかといえば、悪魔よりの性格になるらしい。覚醒時期は個人によって違い、7歳ほどで覚醒するものもいれば、成人になっても覚醒できないものなど様々だ。
覚醒前、俺の姿を気に入っていたあいつは、君は天使で、覚醒すれば凄い魔力を持つ天使になるよ…と、どこか期待したまなざしで俺を見つめていた。
あいつにとって、友達である俺が同じ‘天使’である方が都合がよかったらしい。
ま、蓋をあければあいつが切望していた天使なんかとはまるっきり対局の位置に存在するインキュバスだったんだけど…。
銀の髪は細く艶やかで、高級な絹糸のよう。
日の光に当たれば、まるで朝日を反射し煌めいた水面のようにキラキラと光る。
髪の色は、銀一色でほかの色の混じりけは一切ない。
天使のように愛らしくまた、美しい。
形のいいベビーピンクの唇は、いつも妖艶に微笑んでいる。
優雅な笑みで人々を魅了し破滅へと導く、天使のようでいて小悪魔でもあるその性格。
色気を垂れ流し、瞳があえば簡単に男を手玉にとってしまう。
それが他人からみた俺らしい。
小悪魔なインキュバス。
それが、俺ベル・ド・リリスの本当の姿である。
この‘本当の’というのが、ミソである。
本当の姿というからには仮の姿もあるということで。
俺にはこの銀髪の小悪魔といわれる顔ともう1つ、本当の姿とは別の姿がある。
もはや、最近はこの別の姿であることのほうが多かったりするのだけれど…。
*
男と寝て生気を1週間分確保した俺は、翌朝変化の魔法を使って、本来の姿とは別の姿に変身したのち、いつものように学園に向かった。
昨日の朝と違い、大量ではないにしろ生気が満ちあふれ魔力もほどほどに自分の中で循環しているのがわかる。
今度はもっといい男をゲットしよう…と、登校中、密かに次のターゲットを見つけるために顔のいい男に目を光らせていた。
あいにく、登校中はいい男発見はできなかったけれど。
この世界では、インキュバスは例外だが、基本魔力が高いモノほど整った美しい顔立ちをしている。
もちろん、全部が全部でもないのだが、比率にすると圧倒的に美しいモノの方が魔力量が高い傾向はある。
この世界は半ば、魔力絶対至上主義みたいなところがあって、魔力が高ければ高いほど、上の地位についているものも多い。
なかには、魔力があると見せかけるために、俺のように変身し姿形を変えるモノもいるらしい。
もちろん、姿形を変えるのは魔法なわけで、魔力を使う。
見栄を張って顔をよくしたものの、魔力は全くない…なんてのは結構いる。
実際、昨日生気をもらった男なんかは、結構いい顔していたにも関わらず、魔力量はイマイチだった。
俺のように比較的目立ってもてはやされる顔を、わざわざ地味なものに、それも魔力を使って変身するのは稀だと思う。
他人魅了し生気を頂くインキュバスにいたっては、わざわざその美貌を変えて目立たないものにすることなどいないに等しいと思う。
よっぽど目立ちたくないか、変人くらいだろう。
この世界では、外見による偏見が酷い。
まあ、具体的にどのように酷いのかというと…
「うざぁ…、根暗さぁ…お前、まだ学園にきてるわけ?
いい加減、わかったら?この学園にはお前が居ていい場所じゃないって…。
お前のような、下等な悪魔はさ…」
どん、と俺を突き飛ばして、冷たい視線を送ってくるのは俺のクラスを取り仕切るリーダーのような存在。ジュネ・ヤコマ。
お美しい天使様だ。
今日も今日とて、朝っぱらから俺につっかかり、ご丁寧に喧嘩を売ってくださっている。
あまりにも毎度毎度、同じことをするもんだから、いっそ嫌悪をとおりすぎて尊敬すらしてしまいそうだ。ま、こんな性格にはなりたくもないけれど。
思い切り突き飛ばされて、俺は地面に尻餅をついてしまった。
かけていた眼鏡がずれて、あわててかけなおす。
そんな俺をみて、ジュネは、はっと鼻で笑った。
「ほんと…、どんくさいね…。みてていらいらするくらいだよ…。お前みたいな魔力のかけらもないやつは、早くいなくなればいいのに…」
ジュネが俺を咎めると、金魚のふんのようについてきていた周りにいた取り巻きは皆、そろってジュネに賛同する。
これがこの世界の一般的な反応だ。
ま、学園外ではもう少し偏見は薄いものの、ここは学園。
小さな世界に閉じこめられたものたちにとって、ストレスはたまってしまうもので。
そのストレスを解消するように自分より弱いものにあたるものが多かった。
俺はこのジュネをはじめとするクラスメートに
目の敵にされてしまっている。
魔力もないし、この見た目も相まって、ストレスのはけ口にするのはちょうどいいんだろう。
俺は反論するだけの力もないし、俺が誰かに告げ口したところで、誰も真剣に聞いてはくれない。
こうやって口で咎めるのは日常茶飯事で、時には魔法を使われて死にかけたことすらある。
他人を傷つける魔法を使うのは、争いの時くらいで、基本禁じられている。
もちろん、それは学園内でも、だ。
しかし、やつらは教師がみてないところで、ちょくちょく俺に危害を加えていた。
学園の中の俺は、目元が隠れるくらいの長い前髪。髪の色は黒髪で、身長は平均の男よりもちょっと低いくらいにしてある。
本来の姿に比べると地味で、人混みにでも混ざればあっという間に見えなくなってしまうくらい存在感もなく地味であった。
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