窓際の恋 | ナノ




「えっと…、」

所狭しと資料が入ったファイルが資料棚に並べられている。
一部屋ズラリと資料棚で占領された資料室。
薄暗いそこは、資料を保管するためだけに存在する為、いつもブラインドは降りたままで薄暗い。電灯も、他の部屋はLEDの明るい照明を使っているのにこの部屋は安物の少し暗めの照明を使用している。
所狭しと資料が置いてあるため、部屋としては圧迫感がありあまり長居はしていたくない場所だ。地震でもあれば棚が落ちてきてひとたまりもないだろう。

こんな埃っぽい圧迫感のある暗い部屋であるせいか、人の行き来は少ない。
それを逆手にとり、昔社内の人間が性行為を行っていたこともあったらしくそれが明るみに出て以来、資料室の使用管理は徹底されるようになった。
主に資料室の管理は小暮がいる部署であり、資料室を使用するときは管理長に名前と使用目的を書かなくてはいけない。
金城や他の一部の社員はそれをめんどくさがり、小暮や小暮のいる課の人間に頼む人間も少なくない。金城は小暮の資料の出来栄えを評価して小暮に頼むが他の課の人間は小暮達の課を見下すものが多く雑用係とでも思っているのか傲慢に頼んでくるやからが多い。

そんな中でも、副社長である深見は副社長自らプレゼンを多々するがけして小暮の課の人間に頼まずどんなに資料がいるときにでも自分一人で集め作成しているようだった。

小暮も何度も資料室の鍵を借りにくる深見の対応をしたことがある。
鍵の貸出ノートには、いつも几帳面な深見がかく様な綺麗な字が羅列されていた。


(一度、綺麗な字ですね…って言ったら睨まれたんだっけ…)

のほほんとしている深見のことが苦手なのか、深見はその時もうざったそうに小暮を見つめていた。

(なんで…嫌われてるんだろう…。僕が…どんくさいからかな…)

そもそも、深見と小暮との接点はさほどない。
課も違うし、あちらはエリート、かくいう小暮は窓際族の冴えない親父だ。
金城のように資料を頼むわけでもない。なのに、深見は小暮が些細なミスをすれば必ず見つけお小言を零していく。

馬鹿じゃないですか?だの、どんくさいですね、だの。
必要以上に苦言を呈してくるのだ。

深見の他にも小暮を馬鹿にしたような態度をとる人間もいるが、深見のそれはまたちょっと違う。
そもそも深見は、クールで我関せずみたいなところがある。仕事もほぼ一人で何人分もの仕事量をこなすため、周りからは尊敬のまなざしで見つめられるが本人はどこ吹く風でいつも澄ました顔をしていた。
誰とも群れることはない。いつも一人の、人。誰かと笑い合い仕事をすることもない。
いつも必要最低限の言葉だけ。

そんな深見なのに、小暮には自分から関わろうとしてくるのだ。

(…なんで…。まさか…、知ってる…?僕が見てること…。彼を思って見つめていたこと…。
気持ち悪いと思って…、だから、諦めてくれるように嫌われようと…?)


湧き出た考えに、心臓がぎゅっと痛む。
男同士で好きなんて…確かにあの生真面目な副社長は嫌悪しか湧かないだろう。

副社長。年下の彼だが入社してからずっと見てきた。
副社長という立場で、しかも自分とは違い仕事のできるエリートの彼を見つめ、満足していた。
ずっと好きだった人。でも、これからは好きだった人にしなければならない人。

瞼を閉じ、小さく「ふくしゃちょう…」と呟けば…、タイミングよくガチャ、と音をたてて資料室の扉がひらいた。
やってきた主を見つめ小暮は時が止まったかのように静止する。
やってきた人物こそ、今自分が思い描いていた人物だったからだ。

「ふくしゃちょう…」
深見は静かにドアを閉め、小暮に近づいてくる。
相変わらずの無表情で。

「君は…、」
小暮の正面にたつと、深見はじっと凝視するように小暮の顔に視線をやる。
見られている。観察でもされているかのようなじっとりとした視線に居たたまれず、小暮は視線から逃げるように俯いた。


「あいつを…知っているのか…?」
「あいつ…?」

唐突に言われた言葉に首を傾げる。共通の知り合いでもいただろうか。
誰かと問おうとしたところで、突如深見は胸を抑えその場に蹲った。
胸を抑え、呼吸をするたびに大きく上下する身体。
小暮はすぐに深見に近寄り、背を摩ろうと深見の背に手をやるもその手は跳ねられ、代わりに鋭い眼光を返された。


「副社長…」
「触るな…、」

触るな…、と言われても今まさに発作をおこしているであろう深見を放ってはおけない。
しかし深見は小暮には何もしてほしくないようで苦しんでいるのに介抱もさせてくれない。
これ以上、苦しげな深見をみているのが小暮自身も不安で、誰か呼んできます…!と立ち上がれば、深見は小暮の腕をとりそれを制した。


「副社長…あの…」
「これは…じきに治る…。それよりも…」

深見ははぁはぁと息苦しそうな呼吸をしたまま、

「正直に答えろ…修二を知っているな…」
と尋ねた。

「しゅうじ…?」
「坂根修司だ…」
「なんで…」
「やはりか…」

質問に正確に答えていない小暮の返答に、深見のただでさえよっていた眉間の皺が更に深いものになる。予想していただろう小暮の返答は深見を不快にさせるもののようだ


「どんな関係だ…」
「どんなって…」

自分と修二との関係。まだ恋人同士…でもないと思う。
修二は小暮を好きだと言っていて、もう抱き合う関係ではあるけれど。
まだ恋人同士ではないはずだ。それに、自分たちの関係をただの会社の上司にべらべらと話すほど小暮は口は軽くないし、いくら上司でもプライバシーはあるはずだ。


「それは貴方にも言えない…。言う必要は・・・ないと思います…」

小暮にしては珍しく深見に反抗してみれば、深見は一瞬目を見開く。
今まで、深見に対しては何をしてもイエスマンでこうして反抗したこともなかったからだろう。小暮がどれだけ詰め寄っても自分の問いに答えないと、その顔でわかったのか深見は忌々しそうに舌打ちをした。普段冷静そうな深見にしては珍しくとても苛立っているようで…
ぎゅっと掴んでいた小暮の腕を握った。

「忠告だ。これ以上あいつに近づくな。自分が傷つきたくないならな…」

小暮はそういって、立ち上がる。

「なん…」
「もし近づいてみろ…。絶対に後悔する。絶対にだ…」

断言するような物言い。

「ど、どうしてそんな…、」
「俺があいつをよく知っているからだ…。この世界の誰よりも」
「よく知っている…それは…、」
「じきに、わかる。あいつのことも…きっと…」

深見はぽつりと独り言のようにつぶやくと混乱に陥った深見をそのままに資料室から出て行った。





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