デートと言われ、小暮が連れてこられたのは、国内で一番有名で巨大なテーマパークであった。
テーマパークの至るところに、テーマパークのキャラクターがいた。
キャラクターに群がる子供の声がのどかな休日にふさわしいBGMのようになっている。
「デートの定番でしょ?遊園地って・・・」
「定番・・・、」
「っていっても、学生じゃないし・・・ちょっと餓鬼すぎたかな・・・?」
少し困ったように笑う修司。
確かに夜のバーが似合う風貌の修司と遊園地は、どこかかけ離れている。
小暮も、てっきり、ドライブにでも連れて行かれるのでは・・・?と想像していたくらいだ。
「ごめんね、りゅうじさん。相談もしないで連れてきて。もし嫌なら」
「ううん。いいよ・・・、遊園地なんて、その、滅多に来れないし・・・子供も、いなかったから・・・」
テーマパークの施設を尻目に、小暮は目を細めた。
テーマパーク、国内で有名なここも、小暮は訪れたのは初めてだった。
そんなにテーマパークから遠くには住んではいなかったのに。
いつだって、来られる距離にはいたのに。
今まできたことはなかった。
「家族と、来たかったんだ・・・。遊園地・・・、ずっと」
いつか、夢見ていたことがある。
幸せな家族の図。遊園地で、幸せそうに遊ぶ、家族の団欒。
近くにテーマパークはあるのに、一緒にここに来てくれる相手は一人もいなかった。
親も、恋人も。
すぐ近くに、行こうと思えばいつだって行けたのに。
小暮が、上司から嫌々ながらも結婚したのは・・・、そんな家族が欲しかったからだったからではないか。もう、妻は小暮に愛想を尽かして、別のところに行ってしまったけれど。
本当は、家族で遊園地に来るような、そんな当たり前の家族が欲しかった。
遊園地に来るような幸せな、家族の絆が欲しかった。
家族の愛が欲しかった。
もし、小暮がゲイではなかったら。
今頃は自分にも家族ができていたのではないだろうか。
こうして、今頃周りにいる同じ年の男と同じように父親をやっていたのではないだろうか。
小暮は、今は去ってしまった妻を思い出し、ふと息を零した。
「僕は・・・、夢を見すぎていたのかもしれない・・・」
「りゅうじさん」
小さく零した小暮の言葉を、修司は聞きこぼすことなく、返事をするように小暮の名を呼ぶ。
「僕はね、実はバツイチなんだ・・・」
「バツイチ・・・?奥さんがいたんですか」
「うん・・・、もう別れちゃたけどね・・・」
「そうですか・・・。今でも、奥さんのこと・・・」
怖々と伺うように尋ねる修司。
それに、小暮は静かに首を振った。
「ただの・・・、そうだね、寂しいもの同士がくっついて・・・ダメになっただけだよ・・・」
一度籍を入れた者同士なのに、今は彼女が何をしているか、小暮にはわからない。
愛はなかった。ただの、さみしいつながりなだけだった。
別れる前は、多額のお金のやり取りをした覚えがある。
あの時は、毎晩小暮らしくなく夜のお店に渡り歩いたものだ。
(そういえば・・・、)
ふと思い出す。古い記憶。
やけになった小暮が夜の街を渡り歩いていた頃。
流石にゲイバーには行く勇気はなくて、そういったお店ではない、若者が集まる飲み屋を渡り歩いていた時。
『貴方は、馬鹿ですか?』
飲んだくれる小暮に声をかけてくれた若者がいた。
お店のバーテンダー・・・だったと思う。
小暮よりも年下で、澄んだ黒い瞳が印象的な美丈夫だった。
スレンダーで、黒の制服がとても似合った、真面目そうな青年。
『馬鹿ですね・・・。でも・・・、とても、綺麗ですよ・・・貴方の涙は。
私は、もう泣けないので。羨ましいです。』
真面目そうで、でも、笑顔が少し悲しそうな。
そう、丁度、深見みたいな・・・―。
「りゅうじさん、りゅうじさん」
「・・・っ、」
修司に呼ばれ、はっとする。
「どうしたの?白夢中?」
「えっと・・・ご、ごめんね・・・」
「俺のこと、考えていたの・・・?」
「え・・・と・・・いや、あの・・・」
「奥さんのこと?それとも、違う男」
修司の声が段々と低くなっていく。
「妬けちゃうなぁ・・・、デート中なのに・・・」
「・・・あ・・・、」
耳元で囁かれながら、手を取られる。
ぎゅっと痛いほどに。
「しゅ、しゅうじくん・・・、あの・・・人に・・・」
「見られるって?見せればいいじゃない?俺は見られても全然平気だけど・・・?りゅうじさんの隣には常に俺がいるって、見せとけばいいじゃん。他に誰もはいれないって。
そしたら、りゅうじさんに近づく人なんていなくなるじゃない?」
ふふ、と綺麗な笑みを浮かべる修司。
冷たいその笑みにゾクリ、と小暮の肌が粟立った。
「しゅうじくん・・・」
小暮の怯えを含んだ瞳に見上げられ、修司はすぐさま温和な笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、怖かった・・・?ごめんね、俺ヤキモチ焼いて・・・」
「ヤキモチ・・・?」
「俺って独占欲強い方だから・・・だから・・・」
捨てられそうな子犬のような顔で言われて・・・、小暮の胸がキュンと疼く。
誰かを思う小暮にヤキモチを焼いて、でも嫌われたくないからこうやって謝ってくる修司。
先程はその冷たい笑が怖いと思ったばかりなのに。
本当に自分はお手軽な人間だ・・・、小暮はそう思い、苦笑する。
「ううん・・・、僕も、ごめん・・・デートなのに・・・」
そっと、小暮は修司の手を取って、
「今日は、宜しくお願いします」
小暮を見上げながら笑いかけた。
カラフルなテーマパークのパンフレットを片手に、小暮と修司は園内を廻っていく。
可愛らしい乗り物を乗ったかと思えば、絶叫系に連れられたり。
ほぼ行き先は修司に任せきりであったが、小暮は小暮なりに楽しんでいた。
デートらしいデートはこれが初めてだ。
自分には次なんてあるのだろうか。
その相手は・・・、今隣にいる修司だろうか。
小暮はそんなことをぼんやりと思いながら、修司の隣を歩いていた。
「修司さん、手、繋ぎませんか?」
日も落ちかけた頃、不意に修司が小暮に言った。
「手・・・、でも・・・」
「恥ずかしい?」
「・・・う、うん・・・、だって、変に思われないかな?僕みたいな中年男と、君みたいな美丈夫がこんなテーマパークで手をつないで歩いている、なんて・・・」
ただでさえ、周りはカップルでいっぱいで。
男同士の自分たちは浮いている。
それに、小暮と修司では若干年齢も差がある。
そんな自分たちが手を繋いで歩いているなどと・・・
「ゲイ・・・って、思われちゃうよ」
俯き、小さく零す小暮。
「思わせておけばいいじゃないですか」
「思わせてって・・・」
「だって、俺、りゅうじさんのこと、好きですし・・・?」
掠めるように頬にキスをされる。
咄嗟に、キスされた頬を抑えた小暮に、修司はクスリと笑みを零した。
「見られちゃったかな・・・?」
「好きだなんて・・・、」
「信じない?」
「・・・うん・・・」
「信じて欲しいのになぁ・・・」
やんわりと手を取りながら、修司はポツリと零す。
夕焼けに照らされた修司の顔。若干赤らんでいるようでもあった。
「ごめんね・・・」
「まぁ、長期戦で行きますよ・・・。俺、忍耐強い方ですし。
それに・・・、」
ふと、修司の瞳が揺れる。
「貴方が手に入れば・・・―ですから・・・」
雑音にかき消された、修司の言葉。
(僕が手に入れば・・・、なに・・・?)
もう一度聞こうかと口を開きかけた小暮であったが・・・、それは修司の顔を見て不発に終わる。
悲しそうな、どこか泣いてしまいそうな、そんな顔。
(・・・なんで・・・、)
「ね、りゅうじさん。俺、今から魔法をかけます。貴方が俺を好きになるように。
たとえ、他の誰かが・・・、貴方のことをずっと見てきていたとしても・・・。
貴方のことで、一喜一憂している人間がいたとしても。
俺のことを好きになってくれるように・・・。
俺は人魚姫になんかなりたくないから。だから・・・」
魔法をかけます。
そう言って、修司は小暮の額にキスを落とした。