窓際の恋 | ナノ



5

「やっぱり、来なかったか・・・、」

カラン・・・。
グラスに入っていた氷が溶けて、崩れ落ちる。
男は、グラスの淵を持ちながら、グルグルと中の液体を回していた。
グラスに入った赤色の液体が、ゆらゆらと揺れ動いている。
薄暗い店内、わずかなライトのみが、そこの明かりを支配している


「振られちゃったねぇ…金曜日の君?」

カラカラと気持ちの良い笑顔でカウンターから店のマスターが笑った。
ふてくされている男に向かって。
男…―修司は、薄ら笑いをし目元を細めた。


「逃すわけ、ないでしょう…」

修司は手元のグラスを一口飲み、マスターに笑う。

「この俺が…」

ギラリと、瞳がなにかに飢えたように光った。
その瞳は、酷薄の色をした、鋭い瞳だった。

 


金曜日。
小暮は、珍しく仕事を定時で終わり帰りの支度をしていた。
こそこそと、鞄に書類を詰め込み、忘れ物がないか確認する。
就業時間。部署内はそれぞれ、帰宅するもの、残業するものと様々だ。
月末近いから、残業するものも多い。

「ねぇねぇ、今日の飲み会。誰参加するの〜」
「えっと、課長と…あ、あと山田くんが参加するよ!」
「山田くんかぁ・・・」


女の子が、仕事の顔も忘れ、楽しそうに雑談している。
どうやら、これから飲み会へ行くらしい。
いつも飲み会には誘われない淋しい中年男の小暮には関係ないことだ。


「ねぇ、深見さんは?」
「深見さん?さそえると思うのあんた?」
「無理だよねぇ」

がっかりと肩を落とす女子社員。
はた、と視線が合う。いかにも、まずい…、というかおに、小暮も苦笑してしまう。


「あ、小暮さん…あの、小暮さんもきます・・・か?飲み会なんですけど」
「いや、僕は…」

おざなりに誘われたって嬉しくないし、彼女たちも気を使っていい酒が飲めないだろう。
女子社員の誘いを丁重に断り、社内を出た。


今日は花の金曜日。きっとこれから、女子社員はお目当ての社内のイケメンと交流を深めているんだろう。金曜日なんだから。
金曜日になると、どうしても小暮は、あの男を思い出す。


バーであった男。金曜日の君と言われ、小暮に好きだと告げた男、のことを。


彼に合わないようになって、もう半月が過ぎている。
半月なんて、意外にあっという間だった。

きっと彼は自分のことなど忘れているだろう。あんなにモテるんだから。
満の話では、小暮を探していると言っていたが、それもただの噂だろうし、何よりあんな人が自分みたいな枯れた冴えない親父に夢中になるはずがない。


小暮も、あの日から彼のことを忘れようとしている。
あの日は小暮には毒だった。強すぎる毒だったのだ。

組み敷かれ、喘ぎ、女のように彼に縋ってしまう、甘い毒だった。
思い出せば思い出すほど疼いてしまう、甘い毒。

(忘れなくちゃ)
忘れよう、忘れようと考えれば考えるほどに脳裏に蘇ってくるのは、甘すぎるあの一夜だった。
鮮明に思い出す、彼の愛撫に甘い声。
久しぶりに感じた人肌。


 おかしな話だ。自分は、深見のような真面目な人間が好きだったはずなのに。
それが、一度抱かれたくらいでほかの男が気になるなんて。

(抱かれれば、誰でもいいのかな・・・)
淫乱、とは思いたくはないけれど。
それでも、あの日のことを忘れられない。
彼のことを、忘れようと思っても、忘れられない自分がいた。


「・・・ねぇ、」

ぼんやりとしていたところに不意に、手を引かれた。
びくりと大げさに体を跳ねさせて、小暮は振り返る。
低い、もう忘れかけた甘い声にゾクリとした。

「君は・・・、」
「・・・こんにちは」

振り返った先、思い描いていた人がそこにいた。
小暮を甘やかすように抱いた美男子。金曜日の君。

名前は・・・、坂根修司と名乗っていただろうか。
修司は仕立てのいいスーツを身につけていた。
あの日と同じスーツだろうか。
今日もセンスがいい服を身につけていた。


「あ・・・あの・・・」
「なに?」

小暮を見つめ微笑む修司。
口元は笑んでいるのに、その目は笑っていない。
どこか、寒々しく冷たい。怒っているようにも感じてしまう。
怖い。


「えっと・・・」
「ここではなんですから」
「え・・・」
「付き合ってください」

修司はそういって、小暮の手をひく。
強引に、早足で歩を進めながら。
困惑している小暮を他所に、修司はスタスタと歩いていく。

「ちょっと・・・!」

しっかりと握られた手は、小暮が手をひこうにも離れそうにない。


「手・・・離して・・・、」
おそる恐る主張してみるも、

「ダメです」
すぐに一括されてしまった。

「離したら貴方はすぐに逃げてしまうでしょう」
「・・・逃げ・・・。逃げないよ」
「嘘ばっか。俺、待ってたんですよ?ずっと・・・、お店で」


でもってさ、言ってたんだよね。『あの人を待ってるから、何がなんでも探すから』って

満が言っていた言葉が、脳裏に走った。
何がなんでも探すから。
それから、

『地獄のそこからでも探し出してやるって言ってたんだよ、あの人』

「・・・ねぇ、りゅうじさん」

修司は声をかけるなり立ち止まり、小暮の腰に腕を回す。

「しゅ・・・」
「お仕置きしよっか・・・」
「え・・・」
「俺を、待たせた、お仕置き」

耳元で囁かれる。
甘い、それでいて、危うい言葉。


「りゅうじさんが俺を求めてくれるように。俺だけを求めてくれるように」

ふと、吐息を耳に吹きつけながら、

「・・・今日は、金曜日・・・。沢山できますね」

修司は小暮を捕食者のような熱い目で見つめていた。



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