次の日。
小暮は腰に鈍い痛みを感じながら、目を覚ました。
痛みはあるけれど、何故か幸福感もある。不思議な朝だ。
胸に抱く温かな、満ち足りた気持ちに浸りながら、微睡の中、目を開ける。
真っ先に眼に入るは、胸板。
それも、鍛え抜かれた男の裸の胸板だった。
なんだっけ…どうして…
あれ…今、抱かれ…てる…?
は、っとして、意識を戻し、辺りを見回す。
大きなベッドに、小まめに世話をされているだろう、観葉植物。
大きなベッドだけが目につくシンプルで物が少ない部屋。
そこは、いつも小暮が寝起きしている寝室ではなく、見知らぬ小奇麗なホテルのようだった。
(僕は…−)
小暮は、昨夜、散々啼かされた相手の腕の中にいるようだ。
(抱かれた…んだ…)
ゆっくりと昨日の記憶が頭をフラッシュバックしていく。
(この人に…)
ぎゅ、と、片腕を小暮の肩に回し、抱きしめるように昨日熱を分け与えた男は眠っていた。
がっちりとした腕は、小暮を離さないように、きつく拘束している。
抱きまくらのように
(うわ・・・、)
刹那、昨夜散々醜態をさらした昨日の夜の出来事が脳裏をよぎった。
この危険な香りのする男に自分はいいように翻弄されて…、それから…、と、思い出せば思い出すほど、とんでもないあられな昨夜の行為にかっと顔が赤らむ。
初めて、しかも、名前も知らないような男に自分は…。
何故、簡単に抱かれてしまったのだろう。
色気にやられた?自暴自棄になった?
一夜を共にするだけの甘い言葉を本気にした?
抱かれたときは感じなかった後悔が今になって湧き出る。
本当に、酔っていた、としかいいようがない。あの空気に。
男の色気に。
アルコールは入っていなくても、自分は、浮かされていたのだ。
(馬鹿だ…、)
好きだ、なんて、言葉、信じてもなかった。
信じていなかったけど…
昨日抱いた腕は優しくて、あんなにやさしく抱かれたのは初めてだった小暮にとって、昨日の出来事は、甘い毒の様であった。
(…、辛いからって、ぼろぼろになりたくて、抱かれて…こんな優しくしてもらって、)
縋ってしまいそうだ。
いや、縋ったところで、こんな自分みたいな親父、気持ち悪いだけだけど。
そっと、散々自分を抱いた金曜日の君の顔を見つめる。
高い鼻梁、すっきりとした顔立ち。
どこか悪っぽく見えた、鋭い目元は今は瞳を閉じられている。
ばっちりと決まっていたオールバックも、今は崩れ、どこか幼く見えた。
まじまじと見たことはないけれど、やはりその顔は、深見と似たものがあった。
眼鏡をかけて、髪を染めれば、深見みたいにこの男もなるのだろか…、と一瞬考え…、そんなことはないか、と思い直す。
深見は、この男のように、夜の危険なオーラを出していない。
いかにも真面目で、堅物で、曲がったことは大嫌いな、エリート。
男同士の恋愛など、鳥肌を立たせるような、深見はそんな男だ。
目の前の、バーで男と毎週寝ているような男とは違う。
この男と小暮が恋する深見とは違うのだ。
「どうしたの・・・?りゅうじさん」
「あ…、」
少しぼぉっとしていたらしい。
いつの間にか眠っていた男は起きており、小暮に蕩けるような笑みを浮かべている。
優しげな、温和な笑み。
まるで愛しいものを見るかのような視線を送られ、普段愛され慣れていない小暮は真っ赤になってうろたえた。