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俺と村上は身体を重ねてから、自然と付き合い始めた。恋人同士のように。 俺はまだ先輩を想っていたけれど、村上はそれでもいいと言ってくれたから、その言葉に甘えた。 俺は狡い男だった。自分が安堵する居心地のいい場所ばかり求めている。
「僕は、村上くんだけだよ。君だけを愛してる」
ニコニコと俺を慕い必要としてくれる村上。俺を想ってくれる村上。 俺だけだと、俺に愛を囁いてくれる村上。 愛されているのに、どうしてだか、先輩といた時のような気持ちにはなれなかった。
愛してくれるのが村上じゃなく、先輩だったら。 きっと、こんな気持ちにはなっていなかっただろうに。
いつまでたっても、先輩を振り切れない俺。 このままでは、俺を想っている村上に対して悪い。 前に進めない。
だから、俺は今まで避け続けた先輩に声をかけた。
「…あ…、」 「…先輩、」 「朔夜…くん…」
久しぶりにみた先輩の顔。 泣きそうなその顔に、ぎゅっと胸が締め付けられる。
先輩も、少しは俺がいなくて寂しかった?なんてみっともなく聞いてしまいそうになる。
「今、いいですか…?」 「僕…」 「時間は取らせませんから」
有無を言わさずに、俺は先輩の腕を掴んだ。
先輩は、少しびくつきながらも、大人しく俺についてくる。 先輩に写真を突きつけたときと同じ空き教室へ先輩を連れて行くと、先輩は青い顔をして俯いた。
ねぇ、先輩、貴方は今何を思っているんですか。 俺はね、まだ貴方を前にして、ドキドキしているんですよ。
「…朔夜君…?」 「俺、今付き合っている人がいます…」
静かに、切り出した言葉。 先輩は俺の言葉に呆然と目を見開く。
「え…、」 「あいつが、付き合ってっていうから…。俺まだ先輩の事好きです。 でも、正直わからないんです…あいつの言葉を信じればいいのか、先輩の言葉を信じればいいのか…」
先輩の言葉を信じたい。 でも、先輩は何も言ってくれないから。 だから、俺は先輩じゃない人間の言葉を鵜呑みにしてしまう。 俺は先輩の肩に手をやると、瞳を合わせながら口を開く。
「だから、言ってください。本当の、こと。先輩は、俺の事好きですか?俺ばかりがもしかして舞い上がってました?」 「そんな、こと…」 「じゃあ、なんで他の人に抱かれたんですか…。なんで…っ」
なんで。どうして・・・。 感情が剥き出しになり、口調が荒くなる。
だけど、俺がどれだけ言っても、先輩は何も言ってはくれなかった。 弁明も、反論もしてくれない。
俺のこと、好きだったのかも、言ってくれない。 ただ俯くだけ。
それじゃあ、わからないよ、先輩。
何も言えず俯く先輩。 しばらく、言葉を待っていたけど、先輩は何も言ってはくれなかった。
「朔夜君…」 「俺は、俺だけの人がいいから…」 「え…」 「俺…まだあいつが好きかわからないけど、先輩の事、諦めます…。心が狭い男でごめんなさい。 でも、俺、先輩を疑ったまま、付き合っていたくないから…。ごめんなさい。今までありがとうございました」
なんて、チンケな言葉なんだろう。 心が狭い男。 こんなんだから、先輩も何も言ってくれないんだろう。
わかっているのに、言葉が止まらなかった。 何も言ってくれない先輩を、傷つけたくて仕方なかった。 凶悪な心が、俺の腹の中で笑った。
「さよなら」
その一言で、大好きだった先輩と別れた。 さよならの、一言で。 あんなに愛していた先輩との関係は切れた。
とてもあっけない、ものだった。
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