短編 | ナノ


とても懐かしい声が聞こえたから。
幻聴か…。
待ち望んでいたからか。

妄想じみた期待が胸を掠める。

はやる気持ちを抑え、ゆっくりと振り返る。


そこには…、


「朔夜、」

そこには、ふんわりと、笑う綺麗な人。
片手には綺麗な薔薇を一輪携えている。

優しく綺麗な笑顔で笑いかけて…俺を見つめている。

この笑顔を、俺は知っている。

この笑顔を、俺は忘れた事がなかった。


「あす…か…」

ずっと、会いたくて…
探していたから


「朔夜、」
「…あす…か…」
「うん。
遅くなってごめんね、朔夜。あの…、えっと」

先輩がいる。
飛鳥。

俺の、飛鳥が、いる。

夢じゃ…ない…?
ほんとうに、夢じゃない…

この腕にもう一度、抱ける…

自然と走り出す、足。

俺はその人のところまで近寄ると、有無を言わさずぎゅっと抱きしめた。


温かな体温。
確かに、いる

いるのだ、ここに



「…せんぱ…」
「飛鳥、だよ。朔夜…、対等な関係、でしょ…」

ふふ、と微笑む。
その口調は十年前のあの頃とは違い、少し余裕がある大人の笑みだった。


「飛鳥…っ飛鳥っ」

温かな、体温。
泣きたくなる。

切望する程に、会いたかった。

ずっとずっと、会いたかった。

会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて、
たまらなかった。

その人が、今、俺の腕の中にいる。

会いたかった人が、今目の前にいる。


「飛鳥…」
「ごめんね…、遅くなって。

君と出会おうって決めた日にもいけなくて。

色々あって、ようやく、日本にきたんだ。
君に会いに。君に対等になれるように」

「対等…?」

「アメリカで…、色々勉強したんだ。 
経済とか…裏社会のコネとか色々ね。

株とかでお金も増やしたよ。

朔夜と隣にいても、誰にも何も言わせない、対等な人間であるように…。
頑張ったんだ。
僕。

朔夜といたかったから…。
時間かかったけど…やっとね…朔夜と一緒にいられるようになったんだ

色々してたから…だから、遅れちゃった…」

「アメリカ…。
俺の、為に…。俺の、せいで…」


また、飛鳥は俺の為に…?
俺の犠牲に…

なんで、飛鳥はいつも…
何も言わないで犠牲にばかりなるんだ…

そういえば、飛鳥は、ぶんぶん、とかぶりを振る。

「僕の為、だよ。僕が朔夜の傍にいたかったから。

ずっといたかったから…。

これは僕の為、だったんだよ」

「飛鳥…」

「もうずっと一緒だよ…ね、朔夜」


ヘラリと笑う飛鳥

俺といたいから、対等であるべき権利を手に入れたという飛鳥。

俺は・…俺は散々酷い事をしてきたのに。

俺は飛鳥が悩んで苦しんでいても何もせず、飛鳥を苦しめていたのに…


飛鳥は…
飛鳥は…なんで…

「飛鳥…ッ」

「泣かないでよ…いい男が台なしだよ…?」

「ごめん…飛鳥、俺…ほんと…ごめん…」

「いいんだよ…、僕も、ごめんね。遅くなって、」

ニコリ、と、まったく恨みなどないように笑ってくれる。

なんで、こんな飛鳥は…飛鳥は強いんだろう。

俺は傷つけたのに。
お前を信じられなかったのに。

俺は弱い男なのに…


「俺、すっごい傷つけた。
何も知らないで、馬鹿みたいに…俺の、せいで…」

「ううん。君がいたから僕は今こうして生きているんだよ

君が、勇気づけてくれたから…
嘘みたいなお話だけど。

僕は十年後の君に助けられたんだよ」

そっと、俺の頬に手をおく飛鳥。
俺もその手に自分の手を重ねる…

ボロボロ、涙を流したまま。

涙が止まらない


今≠ェ夢のようで。
飛鳥がいる今が、とても、嬉しくて。
泣きたいくらい、嬉しくて。


「愛してる、貴方だけを…、ずっと…貴方を…愛してる…」

空いた片手で、飛鳥の腰を抱きよせる。

飛鳥は真っ赤な顔をしながら、うん…と俺に返した。


































「10年かかったけど、僕を愛してくれますか?」

「馬鹿な俺だけど、これからも飛鳥を好きでいさせてください
ずっと傍にいさせて下さい」



俺はようやく手に入れた幸せをかみしめながら、飛鳥の背をぎゅっと抱きしめた。

真夜中なのに駅前でそっと交わした口づけは…恥ずかしかったけれど、とても幸せな味がした。






おわり

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